青山学院大学チャペル・ウィーク最終日の21日、同大相模原キャンパスの礼拝で、キリスト新聞社発行の季刊誌「Ministry」編集長、松谷信司氏が大学生らにメッセージを語った。
礼拝の奨励題として掲げられたのは、「イエスぱねえ マジネ申すぎてワロタww」。センセーショナルなタイトルから、SNSなどを中心に開催前から話題になり、当日は、行列ができるほどの人気ぶりだった。400人収容するウェスレー・チャペルは、1階席、2階席ともに満席。宗教センターの担当者に話を聞くと、「2階席まで満席になるのは、ここしばらくはなかった」とのこと。
静かに賛美歌を歌い、聖書が読まれた後、司式をした福嶋裕子大学宗教主任がタイトルを読み上げると、会場から笑いが起こった。この日の聖書箇所は、コリントの信徒への手紙一9章19節から23節。
このタイトルを発表して以来、松谷氏はさまざまな反応をツイッターなどを通して見てきたという。「イエスは神の子 神じゃなくね?」や「キリ概のレポート 10秒でオワタ」などといった反応があった他、「不敬」「バチ当たり」といった厳しい意見もあった。
キリスト新聞社では、聖書に親しむカードゲームとして、バイブルハンターをはじめ、「最後の晩餐」、新約聖書と旧約聖書を戦わせる「バイブルリーグ」を販売している。これらのゲームを初めて目にした学生も多く、「文字通り『神ゲ―』を作ってみた」をテーマに松谷氏がゲームの説明をすると、会場が大いに沸き、スマホで撮影する学生の姿も見られた。
これらのゲームは、遊ぶ目的だけではなく、教育現場でも使用されている。東北学院大学では「聖書入門」の授業の中で、旧約聖書に登場するキャラクターと新約聖書に登場するキャラクターを、学生たちに瞬時に分けさせるなど、聖書学習の導入教材として使用しているという。
最近始まったドラマ「カインとアベル」や、アニメ「ドラえもん」で水を割る秘密道具の名は「モーゼステッキ」であること、お笑い芸人がダンスをしながら歌うことで話題になった「Perfect Human」には、「大地パッカーン海もパッカーン 気取ってるモーゼとかいうやつもパッカーン」といった歌詞が含まれていることを話題に挙げた。信徒の数が1パーセント未満とされる日本で、聖書の人物やストーリーがこのように日常的に使われていることは、他の国では類を見ない現象だと松谷氏は言う。
次に、松谷氏が勉強と話題作りのためにツイッターで募集した「聖書の人物が検索しそうなワード」を話した。箱舟で海へ出たノアは、「明日の天気」「洪水」「警報」などを検索し、身重のマリアと共にベツレヘムまで旅したヨセフは「ベツレヘム」「1泊」「空室」、イエスを誘惑しようと試みたサタンは「イエス」「欲しいものリスト」、最後にイエスを裏切ったユダは「うらぎり」「報酬」「相場」などだったのでは・・・と話すと、うなずきながら爆笑している学生もいた。
この様子を壇上から見ていた松谷氏は礼拝後、「これは、学生の中にイエスやヨセフ、ノアのストーリーがなんとなくでも頭に入っているということ。信徒の数がなかなか伸びないとはいえ、『知識』として聖書を知っている人は案外多いのだと感じた」と話した。
「キリスト教学校あるある」といったテーマでは、「青学の学生にはいないと思いますが」と前置きをして「聖書を枕に昼寝する背徳感」、街に流れるクリスマス聖歌を歌詞付きで歌えるなどの「クリスマスシーズンの優越感」、クリスチャンホームの子どもも少なくないため、ノアくん、エリヤくん、ヨシアくんなど「同級生が聖書由来のキラキラネーム」、卒業して同窓会の締めには賛美歌を歌う・・・などを話した。
このように「ぱねえ感」が拡散した結果、聖書が知らず知らずのうちに浸透し、信徒数1パーセントにも満たないこの国で、ほぼ9割がキリストの生誕祭「クリスマス」を祝うという現象が起きている。
今後の「キリスト新聞社の野望」としては、最近はやりの「『ボカロ』で賛美歌を歌ってみた♪」や、聖書を「イケボイス」で朗読するなどを挙げた。とりわけ、学生たちが反応したのは、「ポケモンGO」ならぬ「教会GO」。教会の礼拝に出席することでゲームが進められるなどができたら、楽しいのでは・・・と話した。
最後に、この日の聖書箇所を「中二訳」した。今回のテーマ「イエスぱねえ マジネ申すぎてワロタww」の意味は、この聖書の言葉の中にあるとした。
新共同訳では、「何とかして何人かでも救うためです。福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです」(1コリント9:22、23)となっているが、松谷氏は以下のように訳した。
「とりまみんなのハートをキャッチするためです。イエスのぱねぇ感を拡散するためなら、どんな無理ゲーでもします。神対応をシェアする者となるためです」
松谷氏は礼拝後、「こちらの思惑と学生の反応は、微妙に違ったような気がしたが、それはそれで、反応してくれたことは素直にうれしい。学生がどのくらい今日の話を理解し、今後につなげてくれるかは分からない。しかし、今の時代、今の若者に聖書を伝えるためには、この世代に合わせた言葉、仕掛けが必要。そのための努力は怠ってはいけないと思う。聖書のコンテンツ自体には、ものすごい魅力があることを知ってほしい」と話した。