マーティン・スコセッシ監督が遠藤周作の小説『沈黙』を映像化した映画「沈黙-サイレンス-(原題:Silence)」の日本公開が、2017年1月21日に決定した。米国では2016年末に公開されるが、すでに今年度の賞レースにおける有力作との呼び声も高く、世界的な注目を集めている。18日に都内で行われた第28回高松宮殿下記念世界文化賞の授賞式に参加するため来日したスコセッシ監督は19日、本作キチジロー役の窪塚洋介、通詞役の浅野忠信とともに、都内で開かれた来日記者会見に出席した。
「27年間この作品について考えてきた」と口を開いたスコセッシ監督は、原作小説を映画化するに至るまでの、長かった道のりについて語った。カトリックの家庭で育ったクリスチャンであるスコセッシ監督にとって、「宗教」は自身の人生を強く色づけてきた大きな要素で、裏社会を描いた映画を数多く撮り続ける中にあっても、常に「言葉では表現することのできない、信じることとは何か」というより深いテーマを描かなければという思いを抱いていたという。
ちょうど映画「最後の誘惑」の撮影中であった1988年、ニューヨークにあるエピスコパル教会のポールムーア大司教から原作を手渡されたのが全ての始まりだった。読み終えたとき、「この作品は精神世界を追求する上で非常に大事な材料になるだろう」とすぐに感じたそうだが、遠藤の表現しようとしていることをどう伝えればいいのか、アプローチの仕方が分からず、その数年後に脚本執筆を始めたものの、完成したのは2006年のことだった。
さらに映画完成に至るまでには、権利関係が複雑化したり、俳優が決まらなかったりと多くの問題が発生し、「もう手をつけないほうがいいのでは」とマネージャーに告げられたこともあった。スコセッシ監督は「私はこの小説と共に成長を遂げてきたと言える」と感慨深げに話した。
本作には、ロドリゴ役のアンドリュー・ガーフィールド、フェレイラ役のリーアム・ニーソン、アダム・ドライバーといった豪華なハリウッド俳優が出演していることに加え、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮、笈田ヨシら数多くの日本人俳優が集結したことも話題となっている。本作の日本人キャストについてスコセッシ監督は、「私の家族のように感じられるメンバーを集めた」と語った。
英・米・イタリア映画の影響を大きく受けて育った監督が、初めて異文化に触れる体験をしたのが、14歳の時にTV放映で見た映画「雨月物語」。それ以来、塚本晋也の出演作品の大ファンだというほどに数多くの日本映画に親しんできた監督にとって、日本人俳優の顔は大変なじみ深いもの。「言葉が通じなくとも、目配せやしぐさで通じ合うものを感じた。完全に信頼しきって、大変な撮影を乗り越えることができた」と振り返った。
共に会見に臨んだ窪塚と浅野についても、特に長い間決まらなかったキチジロー役と通詞役に抜擢されただけあって、監督は2人を大変高く評価し、久しぶりの再会に非常にうれしそうな様子だった。原作の中でも特徴的なキャラクターであり、新鮮な解釈を与えたいと考えていたキチジロー役については、「キチジローを演じている窪塚のビデオを見たときに、力強く、心からの演技であり、役を心底理解していると感じた。来日して実際に窪塚の芝居を見た瞬間『この人だ』と分かった」。浅野もキチジロー役のオーディションに参加したが、過去の出演作品を見た監督が通詞役に推薦、「結果は『パーフェクト』」。窪塚と浅野は、監督の言葉に応えて深く一礼した。
一方2人も、浅野は「監督と初めて会ったオーディションの段階で、お互いに心で感じ合った瞬間があり、本編を取るのと同じくらいとても面白かった。俳優の心から出る瞬間を待ってくれる監督」、窪塚は「ハリウッド作品初参加だったが、初日にきれいなスーツを着た監督が汚れるのを全く気にせず演技指導しているのを見て、映画に対するメラメラとした情熱を感じた」と語って深い尊敬の念を示すと、スコセッシ監督は笑顔を見せた。
今年、小説『沈黙』は刊行から50年を迎えた。宗教や信仰に対して疑問を抱かせるような挑戦的な一面を持つ原作。監督は「本作の撮影でロケ地を巡ったのも、一種のキリスト教巡礼のような体験だった。ロドリゴたちのように私も、信仰が試練と感じられることがある。だが信仰は、享受するだけでなく、欲して勝ち取っていくものだと感じている」と、自身の信仰の在り方について語った。
さらに原作の持つ魅力について「異文化の衝突を描いている」と指摘し、「信仰を本当に理解するためには、あらゆる障壁を乗り越えていかなければいけない。異文化にキリスト教を持ち込むという、削っていくような過程を通して神髄に到達することができるのでは」と話した。
それまで遠藤のことも原作も知らなかったという窪塚は、「遠藤周作のスタンスは読み手を信じてくれている。答えを押し付けるのではなく、君にはどう見える?という懐の深さがある」と、原作が50年読みつがれている理由を推察。演じたキチジローという役について、「普通のみんなの代表。笑って、泣いて、怒って、信じて、裏切ってと、いろいろな感情を演じることができた。人の弱さを象徴する役をやらせてもらえて光栄」とコメントした。
会見前には、本作の特別フッテージ映像が世界で初めて、日本のスクリーンに映し出された。完成前の本編を一部抜粋したわずか15分の上映だったが、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也、小松菜奈、加瀬亮ら日本人俳優が登場する4つの場面だけで、「日本を舞台に描く、スコセッシ監督渾身の一作」という宣伝文句にうそ偽りがないことが分かる迫力が伝わってきた。
スコセッシ監督は、「語り尽くせないほどの思いが込められている。まずは本作を見てもらいたい」、窪塚も「まだ完成を見ていないので、自分自身心待ちにしている。楽しんでくださいと言えるような作品ではないので、何か心に残るものができたらいいなと思う」と話した。
「沈黙―サイレンス―」は2017年1月21日(土)から全国で公開される。