キリスト教主義の国際NGO「ワールド・ビジョン」は、パレスチナ自治区のガザ地区で働いていた職員1人が、イスラエルの治安当局から起訴されたことを受け、同地区で雇用していた職員120人を一時的に解雇し、同地区での事業を停止した。イスラエルの情報筋によれば、起訴された職員は、ワールド・ビジョンのガザ地区の予算から、同地区を実効支配するテロ組織「ハマス」に、数千万ドル(数十億円)を横流しした疑いが持たれている。
ワールド・ビジョンの匿名の職員は英ガーディアン紙に、「ワールド・ビジョンは、ガザ地区の職員120人との契約を正式に解約し、同地区における全ての事業を停止しました」と語った。この職員は、「ワールド・ビジョンのパレスチナ自治区の責任者と多数の外国人スタッフが8月9日、ガザ支部のパレスチナ人職員たちと面会し、職員たちは手渡された書類に署名しました」と説明した。上級職員は引き続き給与を部分支給されるが、他の職員は、問題が解決された後に再雇用されることになるという。
イスラエルの治安当局は6月15日、ガザ支部の元マネージャーであるモハマド・エル・ハラビ被告を、ガザとの境界に設置された検問所で逮捕した。そして、ワールド・ビジョンの予算から、数年間にわたり数千万ドル(数十億円)に相当する支援物資をハマスに提供したとして、8月4日に起訴した。
イスラエルの治安当局の1つである「シャバク」の高官が、匿名で米ニューヨーク・タイムズ紙に伝えたところでは、ハマスは12年前にハラビ被告を採用し、ワールド・ビジョンに潜入させるために指導した。ハラビ被告は2010年にガザ支部のマネージャーになり、直ちにハマスにガザ支部の年間予算の約60パーセントを横流しし始めたという。
こうした状況により、ワールド・ビジョンはガザ地区での事業の一時停止を余儀なくされ、ドイツの経済開発協力省やオーストラリアの外務貿易省など、幾つかの主要な支援団体は、徹底した調査が完了するまでワールド・ビジョンへの支援を差し控えることを決めた。
シャバクは、横領された資金が、イスラエルへの攻撃を目的とした武器購入や、イスラエルとガザ地区間の境界をまたぐトンネルを掘るために使われたとしている。ハラビ被告は、トンネルの掘削現場を隠す目的で「温室栽培プロジェクト」を開始した嫌疑でも起訴されている。
しかし、ワールド・ビジョンのケビン・ジェンキンス最高責任者(CEO)は8月に発表した声明で、「過去10年間のワールド・ビジョンによるガザ地区での事業予算は累計約2250万ドル(約23億円)で、最高で5千万ドル(約51億円)が流用されたという疑惑と一致しません」と述べた。またジェンキンス氏は、ハラビ被告が2014年まで1万5千ドル(約150万円)を超える費用を決済することは許可されていなかったと指摘。そのレベルの管理職だったハラビ被告は、ガザ支部の予算の「一部分」しか管理していなかったため、計算が合わないと述べた。
また、イスラエル紙「ハアレツ」の報道によると、ハラビ被告は長時間にわたる尋問で、「例えば、当時の被告の責任範囲では、ガザ支部の予算として大き過ぎる金額を送金したなど、あり得ないことを意図的に『自白』した」ことが判明している。
国家によるNGOに対する調査はここ数カ月間で増加しており、幾つかのNGOは、イスラエル当局によるワールド・ビジョンに対する嫌疑は、同団体の過去の指導者が公然とイスラエル政府に対する批判を表明していたため、同団体の信用を傷つけ、弱体化するという政治的な意図に基づくものではないかとの疑いを持ち始めている。
ジェンキンス氏は声明で、次のように述べている。「今回の出来事が、世界中の数十億人の子どもたちに影響を与えている貧困と不正義の重要な問題から私たちの仕事を引き離していることは、非常に痛ましいことです。ワールド・ビジョンは引き続き、透明性を保ち、進行中の法的手続きを尊重し、また、団体の価値観を大切にしながら、ガザ地区を含め、世界中で活動している人道支援団体との信頼を築くことに、全力で取り組んでまいります」