米国大統領選挙が熱い。オハイオ州クリーブランドで先週行われた共和党大会は、前代未聞の出来事が相次いで起こった模様。大物共和党議員が相次いで欠席したり、トランプ氏と党代表指名を争ったテッド・クルーズ氏が間接的ながらトランプ候補不支持を表明したり、トランプ夫人が演説でミシェル・オバマ大統領夫人の演説をコピペしたり・・・。
現地で党大会に取材に行っていた知り合いからは、「もう吐き気がして、途中で退席しようかと思った」というメールが来るほどの混乱ぶりだったようだ。
その中で、唯一と言ってもいい進展があったとしたら、それはマイク・ペンス(Michael Richard Pence)氏の副大統領候補指名であろう。毎回、副大統領候補の名が挙がると、「それは誰?」となるのだが、今回は日米メディアは特にそう感じたようだ。
かくいう私も、ネット記事を参考にしながら、マイク・ペンス氏について調べている。そして、見えてきたことが幾つかある。そのあたりを宗教史の専門家の立場から、幾つか述べてみたい。
まずはマイク・ペンス氏のプロフィルから。現在57歳のペンス氏は、2013年からインディアナ州知事を務めている。今年で4年目となる。来年は出馬しないことを明言したため、今回の副大統領候補指名を受諾するのでは?といううわさが今月上旬あたりから流れていた。
弁護士出身のペンス氏は、ラジオ番組の司会者などを経て、2000年に共和党から下院議員に初当選している。在任期間中に2年ほど予算委員長を兼任。つまり共和党内での保守派としての信頼は十分あるということになる。6期12年務めた後、13年に州知事に転じた。
彼のエピソードとして特筆すべきは、2015年の「宗教自由回復法(Religious Freedom Restoration Act)」への署名と、その後の撤回であろう。この法案は、個人や第三者の団体から自身の心情などに反する行為を強要されたとき、自らの宗教的信条を理由にそれを拒否する権限があることを認めるものである。この法案には複雑な要素が絡み合っているが、マスコミやリベラル派の人々が懸念したのはLGBT排除につながるのでは、ということであった。
例えば結婚式場に同性での結婚式を挙げさせてほしいという依頼があった場合、式場オーナーが同性婚に反対であれば、自らの信仰を理由に、この依頼を断ることができるようになる。このように考えたマスコミやリベラル派の人々は、この法案に反対していたのである。その勢いが予想以上であったため、当初、法案に賛成していたペンスは立場を翻したのである。
この一件でインディアナ州では賛否両論となった。途中で署名を撤回するという中途半端さを笑いものにする意見と、昨年の連邦最高裁判所の同性婚を認める判決に対して、しっかりと保守の色合いを提示したという好意的な意見である。
ペンス氏の宗教心については、「まずキリスト教徒、次いで保守主義、共和党員」と発言していることからも分かるように、保守的なキリスト教の色合いがかなり強い。「ニューズ・ウィーク」などのアメリカ版を調べると、「大学時代に回心してキリスト者(born-again Christian)になった」と本人が語っている。
所属している教派に関しては「非教派の福音派(non-denominational evangelicals)」と表現していることから見て、メーンライン諸教会からは隔たりがあり、教理・教派にアイデンティティーを持たない、典型的な「福音派」であることが分かる。
ペンス氏が特別なのではない。ある調査によると、インディアナ州は低所得州であり、大卒者の少ない地域である。それに反比例するように、自らを「福音派」と称する割合が多く、26パーセントにも上っている。4人に1人が福音派ということになる。一方、リベラル的なイリノイ州はこの数が13パーセントである。この違いは彼の宗教心の背景としては、大いに納得できるものであろう。
下院議員時代、知事としての実績を通して、ペンス氏は共和党支持の新たな保守勢力「ティーパーティー」とも付き合いがあり、トランプ不支持を「消極的」に訴える共和党員を獲得するためには、最もよい人選であると識者は見なしているようである。かつて宗教右派と言われた層も、トランプ氏のある種でたらめな政策、倫理観を抑制する働きをペンス氏に期待している。そのことは、共和党大会を取材した私の知り合いも「肌で人々の熱気を感じた」と連絡してくれている。
しかし、火種も幾つか存在する。1つはトランプ氏との経済政策に関しての方向性の違いである。ご存じのように、トランプ氏は北米自由貿易協定(NAFTA)をはじめ、環太平洋経済連携協定(TPP)に反対である。彼の指名受諾演説の際に「グローバリズムではなく、アメリカ第一主義(アメリカニズム)を!」と訴えたことからも分かる。
しかし、ペンス氏は全く反対の考え方である。そして以前はトランプ氏の考えを否定する発言も行っている。もう1つは、移民問題である。「メキシコ国境に壁を造る」と息巻いたトランプ氏に対して、ペンス氏は「侮辱的で違憲だ」とこちらも真っ向から対立している。
果たしてこのコンビ、まずはきちんと党内を結束させられるのか? そもそもキリスト教徒として保守的な2人であるが、その「保守」の方向性は全く異なるといえよう。キリスト教は膨大な過去を「伝統」として蓄えながら、それを常に「変革」することで2千年間を生き延びてきた。しかし、それはこの2つの概念がちょうど車の両輪のようにきちんと各々の働きを果たし、連携することができてきたからである。米国の「統合作用」「変革作用」も同様である。今後、共和党にはこの2人の「連携」が体をなすかどうかが選挙戦の分水嶺となるであろう。