プロ・ジャズピアニスト30年の道を歩み続ける入江新一郎(いりえ・しんいちろう)氏。彼のピアノは、まるで打楽器のような音を奏でる。時に美しく、時に心を揺さぶる、彼独自の演奏スタイルだ。その鮮烈なテンポは聴く者を圧倒する。
彼は、「ピアノを叩くように弾く。僕はピアノを鍵盤ではなく打楽器だと思っています」と言う。今から30年以上前に師匠から学んだそうだ。「打楽器的な総合」というスタイルは、入江氏のオリジナルである。「人がしていないことをしたい。それが自分のカラーですよね」。そうつぶやいた。
今回は夫婦で音楽活動を続ける入江新一郎氏(ジャズピアニスト・作編曲家)、妻でボーカリストのMANNA(マンナ)氏に音楽の魅力とその人生について聞いた。
音楽との出会い
入江氏は、クラッシックやジャズが好きだった父親の影響を受け、いつか音楽をやりたいと思うようになる。中学で中古のピアノを買ってもらったことがきっかけで、音楽の魅力にのめり込んでいった。「高校のブラスバンドではクラリネットでした。大学を浪人して趣味でジャズ研に入りました」。
親には内緒でバイトをしながら、ジャズピアノを習いに行ったそうだ。そしてスキルが身に付き、味をしめていった。「知り合いとバンド組んだり、師匠にライブハウスを紹介してもらいました」
父親は建築設計技士で本当は継ごうと考えていたが、迷ったあげく好きなことをやりたいと音楽の道を選んだ。
まさに時代はバブル絶頂期。仕事も順調に入り、企業のパーティーでゲスト演奏する機会が多く、多忙であったという。ヤマハ電子ピアノで新商品の音楽ソフト制作に携わることができた。現在は演奏活動の他に教室で生徒に教えている。「音楽一筋30年余りたちますかね」
妻のMANNA氏は、親が牧師でクリスチャンホーム育ち。「今でこそ牧師の家は生活が安定しているイメージがありますが、当時は本当に貧しかった。食器棚はないのにピアノはあるという家でしたよ(笑)」
「歌も小さい頃から好きで、学生時代はクラッシックがメーンでした。メサイヤ混声合唱に加わり歌っていました」。2人は結婚して28年目。結婚のきっかけはやはり音楽だったが、人の紹介で一緒に音楽活動をしたものの、当初は全く合わなかったそうだ。
MANNA氏はクラッシックしか歌ったことがなかった。結婚して1年目にジャズ専門学校に通い、初めてクラッシックにはない歌い方を知ったそうだ。「クラシックは地声、いわゆるチェストボイスをほぼ使いません。特に合唱においては低音域までも頭声、ファルセットで発音するため、私は声帯の地声にかかわる筋肉がほぼ未発達でした。そこを訓練するのに、10年はかかりました。いまだに発展途上ですが」
「クラシックは裏声を使うのですよ!」。彼女は実際に声のトーンを変えながら説明してくれた。
ここで初めて「私は普通の人と発声が違うのだ」と知る。暗中模索しながら頑張ったと当時を振り返る。「やはり彼の影響が大きかったですね。音楽性が全く違ったけど1年後くらいにまたライブをして(笑)」。すかさず「お互いに歩み寄ってね(笑)」と入江氏。こうして2人は結婚へと導かれた。
2000年に「天使にラブソングを」という映画がヒットし、ゴスペルブームが巻き起こった。ゴスペルバブル期だ。今は教える人は多く飽和状態だが、当時は人がおらず、MANNA氏はヤマハでゴスペルを教え始め、そのまま今に至っている。
人と人のつながりをとても大切にする2人。ブロードウェイ出身のアレックス・イーズリー氏と歌う機会が与えられ、活躍のシーンが広がっていく。
「入江アミーゴス」、音楽は世界の共通語!!
入江氏が率いる「入江アミーゴス」小学生音楽鑑賞教室に同行取材をした。この日は埼玉県富士見市立「関沢小学校」の体育館で行われ、低学年と高学年の部2回に分かれて各1時間の公演だった。
メンバーは7人。それぞれが選りすぐりのプロのミュージシャンだ。牧師夫人もいる。とても明るく一緒にいるだけで気持ちが晴れやかになった。子どもたちに音楽を通じて共感する喜びを伝えたい思いから始まったプログラムは、すでに各地で開催されている。メンバーの軽快なトークや笑いがあり、一緒に歌う一体感が心地いい。
小学生たちは、人気のディズニーソングや「アナと雪の女王」の衣装を着たMANNA氏が登場すると、うれしそうに歌い、盛り上がっていた。「情熱大陸」を演奏する入江氏の姿に、子どもたちは釘づけになっていた。あっという間の1時間だ。最後に担任の先生の許可を得て子どもたちにインタビューした。
本物のジャズピアノに触れて興奮気味の生徒たちは、「格好よかった!」(小4男子)。「『情熱大陸』をピアノで聴くのは初めて」(小6女子)。「ディズニーの曲がすごく楽しかった」(小4女子)とうれしそうに感想を語った。
周囲にいる子どもたちは一斉に「また聴きたい!楽しかった!」と笑顔で感想を語った。エキサイティングする子どもの姿は、彼らが目指す「音楽は世界の共通語」という言葉の意味を証明していた。
音楽の魅力とは
入江氏は「音楽の魅力は人を元気づける」と言う。MANNA氏は「一緒に楽しめて、分かち合えます」と話す。「単純に音楽が好きでリズムが楽しい。だから、自然に体が動き出しちゃう!」。3度の飯より音楽が好きだと、2人はうれしそうに話してくれた。
輪が広がり、相乗効果となって多くの人と感動を共有したいと話す。入江氏は「好きじゃないと続かないですよね。苦しい時期もありますが、乗り越えられます。音楽で生活するのは葛藤も多いですが、前向きな気持ちで頑張っています」
2人はクリスチャン
入江氏の信仰のきっかけは、中学のクラスメイトがクリスチャンだったことだ。高校生でhi-b.a.(高校生聖書伝道協会)のキャンプに参加し、信仰を持ち続けたいと自然に感じたそうだ。そして、高3で受洗する。家族はクリスチャンではない。MANNA氏はクリスチャンファミリーで育ち「空気や水と同じで、それなしには生きられないものが神様」だと証しする。
お子さんは3人。音楽の道とは関係ないと苦笑いする。でも、全員音楽が好きだそうだ。「子ども3人はおかげさまで成人し、長男は昨年法科大学院卒業後、司法試験に合格しました。現在は盛岡地方裁判所で研修中です。次男は大学卒業後、今春より念願の企業にて社会人として歩み始め、大学3年の娘は青年の船で海外に研修旅行と、精力的に活動しています」。なんとも多才なファミリーだ。
彼らは「信仰」「聖書」を意識した教会型のミュージシャンではない。99パーセントは一般の世界で音楽を広げていきたいとの思いで取り組んでいる。「語る人は語り、歌う人は歌う」
MANNA氏は「種まき以前の土壌を作る役割。信仰を持ちながら音楽をしているが、種まきは別の人がして、私たちは土壌を作ることかな」と語る。入江氏は「いろいろな役割があるが、自分たちは音楽伝道師ではない。栄養をあげる役割なのかもしれないと思いながら、生き方を音楽で表現していきたい。結果的に証しになるが、あからさまに伝えていくタイプではない。そういう器でありたい」と語る。
所沢市内の教会に通う2人だが、自分たちの使命、ビジョンを明確に持ちながら歩む姿は、手に職を持つクリスチャンにとっても大きな励みになる。
地元にも貢献して大活躍
そんな入江夫妻だが、夫の新一郎氏は東村山市出身(東京都)、MANNA氏は町田市生まれ。現在は埼玉県所沢市で暮らし、地元のジャズフェスティバルやチャリティーコンサートにも積極的に出演している。「何かと地元には貢献できているかなあ」とMANNA氏。地元でも大活躍中で、その人気は高い。
2人は「コンサートを実施していただける教会や場所があれば、喜んで伺います! そうですね、秋の特別伝道集会やクリスマスイベントなどのゲストにいかがでしょうか?」とPRもきめてくれた。
自身の性格について、入江氏は「決めたことは最後まで責任を持ってやることがモットー」と述べる。妻の目から見た彼の姿は「せっかちでマイナス思考ですよ(笑)」と続ける。まるで漫才を見ているかのように真逆の性格が心地よい。
このマイナス思考はとても大事なことだという。入江氏はメンバーのマネージメントを行うため赤字にならないよう、きちんと計画をしていくタイプ。一方、MANNA氏は「できる!できる!」という前向き派。
彼女は夫について「持久力がありますね。計画力もあるし、すごい」と褒める。お互いにないものを持っていると、照れくさそうに笑いながら話してくれた。
入江氏は最後に「自分はずうずうしい性格かもしれない。身の程知らずというか・・・ミュージシャンには雲の上の人がいるが、『入江です、よろしくお願いします』とあいさつして大御所と一緒になる機会も多い」。このように語るが、これは実力があるからだろう。彼は笑いながら「言ったもん勝ちですね」と語る。
不思議でユニークな「入江ワールド」があるのかもしれない。トークは淡々と話すが、ユーモアもあり、常に先を見ている感じだ。MANNA氏は彼にとって「盛り上げ役」である。どんな人かと聞くと「継続している」と答え、笑いに包まれた。
人に歌を聴いてもらうだけではつまらない、一緒に共有したいと語る。参加型として会場とのやりとりを楽しみたいという。確かに2015年に地元で開催されたクリスマスコンサートで歌った際も、会場が立ち上がって一緒にゴスペルを楽しんでいた。
「ゴスペルにはそういう要素がある」と語る彼女は、入江氏と今後も二人三脚で一緒に作り上げていきたいと笑顔で語ってくれた。
今後のビジョンは「コンサートにお越しいただくお客さんに喜んでいただける演奏を常に心掛けたいです。さらに演奏もスキルアップしていきたいです」。入江夫妻のコンサートは必ず人が集まり、応援するファンも駆けつける。「もっともっと上を目指したい。やはりもう1度CD出したいですね」
すでに2枚リリースしているが、次回作はジャズを通して知ったクラッシックの偉大さに挑戦していきたいという。「クラッシックは完成された芸術品ですよ」。大きな意気込みを感じた。
入江氏は次の聖句を信仰告白としている。「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです」(ローマ10:10)
MANNA氏はマタイ10章31節を引用し「恐れることはありません」、この言葉が好きだと紹介してくれた。
音楽の世界は厳しいことも多いが、「心のうちは燃えている」2人の夢は大きい。二人三脚での日々だというが、その周りには、2人を応援し、愛してやまないファンの輪がある。2人の活躍をこれからも注目していきたい。
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