パキスタンの故郷でイスラム原理主義団体のメンバーに襲撃され刺されたとき、アリ・ハスナインさんは17歳だった。その1年前、彼は英国にいる叔母を訪問している間に、キリスト教に改宗した。彼は有名な、裕福なイスラム教シーア派の家庭で育った。彼は12カ月間改宗を隠していた。彼は聖書を持っておらず、教会に行くこともできなかったが、夜には絶え間なく祈っていた。彼はイエスの夢を何度も見たと語った。それで彼は信仰を強く保てた。
しかし、アリさんが学校で友人と罪について話していたとき、イエスが本当の赦(ゆる)しを提供できる唯一の存在だと言った。友人の1人がイスラム原理主義団体のメンバーでもある自分の父親に話し、その翌日にアリさんは校門の外で襲撃され、瀕死の状態で道路脇に放置された。「私は、地面に投げられ、あごひげのある男性が『君は私たちの子どもに伝道しようとした。だから私は今から君を殺し、君は地獄に行くだろう』と言ったことを覚えています」とアリさんは取材に対して語った。「そしてその男性は私を刺し、私は意識を失いました」
彼は病院に運ばれ、医師は両親に、彼はあと20分しか生きられないと伝えた。彼の肺には穴が空き、多量の内出血があり、傷を治療する時間はなかった。
しかしアリさんは、その時意識がなかったがイエスの幻を見たと言った。「イエス・キリストが来て私を癒やす夢を見ました」と彼は回想した。「イエスは、『私の子よ、あなたの命はただ私のために危険にさらされています。あなたは今は死にません。さらなる命を与えます』と言いました」
アリさんは病院で目覚めた。治療が必要だったが意識を取り戻し、取り囲んでいる人々に気付いた。医師たちはびっくり仰天した。彼が回復し、最終的には退院を許されたが、彼の改宗に対する反響がまだ終わっていないことが間もなく明らかになった。彼の家庭は有名だったため、その件はニュースになり、報道陣が病院の外で待っていた。彼の母親は彼に、適当に言った冗談だと言うよう懇願したが、アリさんは拒否した。「私は、何をすることもできませんと言いました。医師は私を救えないと言いましたが、イエス・キリストは来て私の命を救い、新しい命を与えてくれました。その命は彼のものです。私は彼を否定することはできません」
パキスタンでは、キリスト教は少数派の宗教で、人口の少なくとも95パーセントはイスラム教徒だ。米国際宗教自由委員会(USCIRF)は昨年、パキスタンが「信教の自由にとって世界で最も悪い状況の一つ」を体現していると指摘し、パキスタン政府がイスラム教以外の宗教に十分な保護を与えることを怠っていると非難した。抑圧的な冒とく法が宗教的少数派を標的として使われており、分派による暴力が慢性的な問題だと考えられている。
パキスタン連帯と平和運動(Movement for Solidarity and Peace in Pakistan)は、若いキリスト教徒やヒンズー教徒の女性と少女が毎年イスラム教に強制的に改宗させられ、イスラム教徒の男性と結婚していることを明らかにした。そしてキリスト教への改宗は禁じられているが、それを選んだ人は新しい信仰を撤回するよう極めて強い圧力を受けることが多いことも明らかになった。
アリさんがキリスト教から離れることを拒んだことで、故郷の原理主義者はさらに怒った。アリさんは、「その夜、家に人々が訪ねて家族を脅し、私たちの家を焼くと言いました」と述べた。彼は違う町に逃げて親族のもとに滞在したが、その家が襲撃されたときに叔母は負傷し、死亡した。「それは私の家庭が理由でした。人々はとても怒っていました」とアリさん。
彼の家族もまた怒っており、彼を殺害しようとする者たちから逃げることを助ける意志はあったものの、家族は「私と私の信仰を拒否しました」とアリさんは語った。「母は、『あなたはパキスタンを去らねばなりません。もはや私たちのところにいることはできません』と言いました」。両親は英国への片道のチケットを買い与え、ビザが下り次第合流すると約束した。それが2007年のことで、アリさんが両親に会った最後だった。
アリさんは、知っている全てのものをおいて去らなければならなかったにもかかわらず、信仰が彼を前に進ませたと信じている。「これは聖霊の力によるものです。私にとって、ほとんど死ぬところだったのにイエス・キリストが来て私を救ってくださったのはとても強い証しでした。彼は私に、前に進み続ける希望を与えました。私は若く、(改宗が)これほど大きな問題を引き起こすことには気付いていませんでした。私は家族が助けてくれると信頼していましたが、家族がサポートしてくれなかったとき、神からのサポートはとても強かったのです。彼を体験し、夢で会ったことで、私は彼が守ってくださることを知っていますし、このことから良いことを行ってくださると知っていました」
現在叔母と共に英国に住むアリさんは、難民として認められるのに6年を要した。もしパキスタンに戻ったら、彼は実際殺されるだろうと認定された。数年前、故郷の急進派によって彼に対するファトワーが発行された。「そのファトワーは、もし私がパキスタンに戻ったとき、私を見かけた人は誰でも私を殺してよく、それによって処罰されないというものです」
それにもかかわらず、今後数年のうちに帰国することをアリさんは計画している。24歳になったアリさんは、自分に敵対する共同体を祝福するために、育った土地に医療施設を建設することを望んでいる。
「私は帰って、自分の故郷を祝福したいのです」とアリさん。「私は家族のもとを去らねばならず、彼ら(原理主義者)は私から全てのものを奪いました。しかし私は戻って、私の神が彼らの神より大きいことを示し、神が私を赦してくださったので私も彼らを赦したいと伝えたいのです。彼らに、本当のキリストにある人とはどういう人か、そして本当のキリスト教は何なのか示したいのです。私は自分の命が危険にあることを知っていますが、神はここまで私を救ってくださったのです。もし神が私にパキスタンにいるよう望むなら、そこでも私を救ってくださるでしょう」
アリさんは、その医療施設が貧しい人にサービスを提供することで、神の恵みと優しさを伝えたいと願っている。「私は貧しい人たちを祝福し、コミュニティーにお返しをして、『神はそれでもあなたを愛しています。私はそれでもあなたを愛します』と言いたいのです。聖書は全て愛について書かれており、それは憎しみよりはるかに偉大なのです。もし私が戻らなければ、誰が行くでしょうか。もし私が自分の家族や故郷の人々に福音を語らなければ、誰がするでしょうか」
アリさんは彼の体験についての共著がある。『The Cost』はゾンダーバン社から出版され、購入が可能だ。
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