東京のドヤ街として知られる「山谷」に在宅ホスピス対応の集合住宅を建て、路上生活者のためのホスピスケアを行っている山本雅基さんが3日、立教大学(東京都豊島区)で講演した。山谷で14年にわたって続けている活動を語るとともに、「ホームレスだから、衣食住が足りていればいいわけではない」と、スピリチュアルな面におけるケアの重要性を語った。
山本さんが運営する「きぼうのいえ」は、身寄りや行き場がなく、ホームレスとなってしまった人々を、在宅でケアすることのできる在宅ホスピス対応の集合住宅。東京スカイツリーのすぐ近くに広がる山谷では、かつて日雇いの仕事を求めて流れ着いた人たちが、今は高齢となり仕事もできず、生活保護を受けながら3畳一間の「ドヤ」で暮らしたり、路上生活をしたりしている。そうした人たちの姿を見て、「この人たちが病気になったとき、誰が世話をし、看取るのか?」という思いに駆られ、修道女マザー・テレサの「死を待つ人の家」をイメージして、2002年に設立した。
「きぼうのいえ」の入居者は、「シビアな人生経験のため、なかなか人を信じることができない」と山本さんは話す。薬を渡そうとしても、「どこの製薬会社から金をもらっているんだ」と疑ってかかる。しかし、入居して2、3カ月もたてば変化が見えてくる。「スタッフから無条件の愛を提供されることで、『愛情を示し、愛情を示される』ことの快感に目覚めるからだ」と山本さんは説明する。
洗濯物を畳んだり、身の回りを片付けたりするなど、一般の家族では当たり前のことをしてあげることで、入居者の心は変っていく。そして、最期に息を引き取るときには、「ありがとう」という言葉が自然に口から出てくる。「きぼうのいえ」で過ごした人はこれまでに220人余り。2カ月に3人程度の割合で看取っているが、誰一人として自分の人生を恨んで死んでいった人はいないという。
最初はホームレスに対するホスピスケアの難しさから、何度もやめようと思ったという山本さんだが、変わっていく入居者の姿を見て、「きぼうのいえ」での日々が楽しくなっていった。
「きぼうのいえ」は医療機関ではなく「愛の修行道場」だと山本さんは言う。毎日、仕事前にはスタッフと共に、「つらい思いをしてきた入居者たちの今日一日の健康と、その健康を支えられる恵みに感謝しましょう」と、1分間の黙祷をする。
ナースコールが鳴っても、慌てるのではなく、「生きている証拠だ」と点滅しているボタンを見てまず安心する。転倒しても大騒ぎはせず、「あら、転んじゃったのね」と優しく語り掛ける。プラス思考の楽観的な感性が、「きぼうのいえ」のケアの特徴だ。「これは、大いなる者への信頼がインセンティブ(動機)になっているから」と、山本さんは科学を超えた根拠に基づいたケアが「きぼうのいえ」で行われていることを説明した。
「ホスピスで必要なことは入居者へのスピリチュアルな部分でのケア」と強調する山本さん。「ホームレスだから、衣食住が足りていればいいとするなら、それは動物園と一緒」「厳しい環境に置かれた人だからこそ、スピリチュアルな部分もメンタルも非常に深い傷を負っている。それを癒やしてあげることがホスピスの仕事だ」と言う。
2010年には、「きぼうのいえ」をモデルにした映画『おとうと』が公開された。この映画を撮った山田洋次監督からは、「『きぼうのいえ』はしっかり死なせるんだよね」と言われたという。山本さんは、「わたしたちの本国は天にあります」(フィリピ3:20)という聖書の言葉を引用して、「『しっかり死なせる』ということは、『しっかりとお里(天)に返す』ということで、このことが『きぼうのいえ』の役割」だと語った。
現在は、「きぼうのいえ」と同じようなサービスを介護保険の枠を使って提供していく活動も行っている。「『きぼうのいえ』は始まりであって、終わりではなかった」と山本さん。「自分がこの地上で生きている間に、『山谷にホスピスを立てた』ではなく、『山谷がホスピスになりました』にしたい。さらに『東京がホスピスに、地球が・宇宙がホスピスになりました』にしたい」と大きな夢を語った。