キリスト新聞社は2014年、これからの「キリスト教福祉」の在り方を見据えて、研鑽(けんさん)し、実践していくためのネットワーク「教会と地域福祉」フォーラム21を創設した。『キリスト教福祉の現在と未来』はその活動を記録し、そこから見えてくる問題意識を関係者に広く共有してもらうことを目的として刊行されたブックレット・シリーズだ。
その第1冊となる本書は、2014年3月21日に開催された第1回シンポジウムの記録を基に編さんされ、4つの章で構成されている。全体を貫くテーマは「教会と地域福祉」。旧来の「キリスト教福祉」ではなく、現代の日本の新しい時代に則した福祉の実践を、教派を超えて提案。読者は、日本の教会が歩んできた過去の反省と、今後期待される教会の働きを学術的アプローチと実践的アプローチの両面から知ることができる。
1章では、同フォーラム創設の協力者の一人である東京基督教大学(TCU)大学院教授の稲垣久和氏が、日本のキリスト教会がどのように福祉に関わってきたかを歴史を通して探り、欧州との比較においてその問題点を指摘。今後ますます“少子化と多死化”を迎える日本社会を“まさに宗教の出番である”と捉え、地域の教会が地域福祉に関わりつつ、“希望の神学”を生み出していく方向性を提言している。
また2章では、稲垣氏をコーディネーターに、横須賀基督教社会館館長として長くキリスト教福祉に携わってきた阿部志郎氏、行政の立場から福祉施設を支援してきた元厚生省職員の河幹夫氏を迎えての座談会の様子を収録している。
座談会では、福祉と地域の親和性が語られる中で、戦後、日本では福祉が国の責任とされてきたのを背景に、キリスト教福祉施設も、教会よりも国に依存してきた経緯を反省。日本の福祉政策が転換期にある今こそ、「“隣人を愛する”という倫理的な姿勢を、教会がどのように、観念ではなく体現するか」といった、福祉とキリスト教の宣教の接点を考えることの必要性を説いている。
3章には、稲垣氏による寄稿文を掲載。稲垣氏は東日本大震災以降、プロテスタントでは主流派と福音派の間に、またプロテスタントとカトリックの間にも交流が出てきていることに触れ、「教理の相違を越えた震災復興であり、広い意味での人間復興、その中枢にある霊性の復興へとつながる流れであると思う」と持論を展開している。キリスト教福祉とは「キリスト教からの、市民の幸福をつくる試みである」とした上で、近代日本の市民自治の最もすぐれたモデルと捉える賀川豊彦の実践と思想に着目。人間が人間らしいコミュニティーをつくるために賀川が訴え、実践し続けた、教会ならではの「新しい公共」の在り方を提唱している。
4章は、同シンポジウムでの登壇者を中心とする提言集。さまざまな福祉の現場に身を置く人の実践を通して、「地域」という時として多義的に語られる言葉の中に、共通項として「日常の生活を共に生きる」という基本があることが見えてくる。
2000年以降、日本の福祉政策がそれまでの国が強い強制権を持つ「措置制度」から、ボランタリズムが活かされる「契約制度」へと大きく変わったことで、地域と教会を結び付ける重要性もまた高まった。そんな中、日本の教会における宣教の閉塞感が、大きな壁として浮かび上がっている。
提言の中で、NPO法人緩和ケアサポートグループ代表の河正子氏は死を意識しながら過ごす人と、その家族らを支える緩和ケアについて述べ、「日々の生活が混乱しているときに、聖書の言葉を携えて訪問するだけで役割を果たせるとは限りません」と書いている。これはまさに、これからの教会と地域福祉を考える上で、一石を投じる言葉だろう。
また2章の対談の中で、キリスト教福祉に長く携わってきた阿部氏は、「福祉というものは、与えられるものではなくて、自分たちで作りだすものなのです」と言い、1963年に老人福祉法ができた背景にルーテル系の福祉実践家の尽力があったことなどを例に、この日本でもキリスト教が行ってきた福祉事業が老人福祉行政に取り入れられ、新しい法律がつくられたことを紹介している。これには深い励ましを覚えた。少子高齢化がますます進むこれからの社会を考えるとき、過去のキリスト者がたどった道に手本を見ることができるのは幸いなことだ。
地域とキリスト教福祉の方向性について、情報満載の本書。ぜひ手に取って、現代日本の新しい時代に即した「キリスト教福祉」について興味を持ち、自分のこととして考えてほしい。
『キリスト教福祉の現在と未来』:稲垣久和・佐々木炎編、キリスト新聞社、2015年4月1日発行、定価1600円(税抜)