イスラム教過激派組織「イスラム国」が20日、日本人とみられる男性2人の殺害を予告する映像を公開したことを受け、安倍晋三首相は訪問先のイスラエルで記者会見を開き、「人命を盾に取って脅迫することは、許し難いテロ行為であり、強い憤りを覚えます」と非難。テロに対する断固とした姿勢を示し、男性2人の解放を強く要求するとともに、国際社会と連携し、人命第一の対応をすることを強調した。
イスラム国はこの日、ユーチューブに「イスラム国:日本の政府と国民へのメッセージ」と題する映像を公開。映像は1分40秒のもので、冒頭にはNHKの国際放送「NHKワールドTV」が18日未明に公開したニュースが用いられており、18日以降に作成されたとみられている。映像は現在、ユーチューブの利用規約に違反しているとして削除されているが、政府は映像が本物かどうか確認を進めている。
映像に映る日本人とみられる男性2人は、昨年8月からイスラム国に拘束されていた千葉市の湯川遥菜(はるな)さんと、国際ジャーナリストの後藤健二さんとみられている。後藤さんは、10月下旬に日本を出国しシリアへ向かい、同29日に帰国予定だったと伝えられているが、連絡が取れない状態が続いていた。ツイッターの更新は23日のものが最後になっている。本紙も原稿について後藤さんとメールでやり取りをしていたが、最後にメールを受信したのは24日夜。それ以来連絡が取れていなかった。
映像では、イスラム国の戦闘員とみられる黒ずくめの男が英語で話し、日本の首相に宛て、「イスラム国から8500キロも離れていながら、自ら進んで十字軍へ参加した。おまえはわれわれの女性や子どもを殺害するために、またイスラム教徒の家を破壊するために、得意気に1億ドルを提供した。だから、この日本人の命の値段は1億ドルだ。また、イスラム国の拡大を止めようと、イスラム戦士と戦う背教者を訓練するために、さらに1億ドルを提供した。だから、このもう一人の日本人の命も1億ドルだ」とし、計2億ドル(約230億円)の身代金を求めた。
また、日本の国民に宛て、「おまえたちの政府は、イスラム国と戦うために2億ドルを支払うという愚かな決定をした。この日本人たちの命を救うために2億ドルを支払うという賢い判断を、おまえたちの政府に迫る時間が72時間ある。さもなければ、このナイフがおまえたちにとっての悪夢となるだろう」と語っている。
中東を歴訪中の安倍首相は17日、エジプトの首都カイロで行ったスピーチの中で、「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISIL(イスラム国)がもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」と表明しており、今回の2億円の身代金の要求は、この首相の表明に対するものとみられている。
安倍首相はこの表明について、イスラエルで開いた記者会見では、「わが国が、この度発表した2億ドルの支援は、地域で家をなくしたり、避難民となっている人たちを救うため、食料や医療サービスを提供するための人道支援です」と、人道目的の支援であると説明。2億ドルの拠出を予定どおり行うのかとの質問にも、「国際社会からも高く評価されているこの支援をしっかりと行っていく、この姿勢には全く変わりはありません」と、日本の支援が非軍事分野であることを強調し、支援を予定どおり行う意向を示した。
仙台市出身の後藤さんは、映像制作会社を経て独立し、1996年に映像通信会社「インディペンデント・プレス」を設立。近年では主にシリアで取材を重ねていた。昨年5月末には、シリア出国を前に本紙のインタビューに答え、「私が取材に訪れる場所=『現場』は、『耐えがたい困難がある、けれどもその中で人々が暮らし、生活を営んでいる場所』です。困難の中にある人たちの暮らしと心に寄り添いたいと思うのです。彼らには伝えたいメッセージが必ずあります。それを世界に向けてその様子を発信することで、何か解決策が見つかるかもしれない。そうすれば、私の仕事は『成功』ということになるのでは」と、自身のジャーナリストとしての使命について語っていた。
日本の英字紙「ジャパンタイムズ」は、後藤さんを知る日本人牧師の話として、「(後藤さんは)固い信念を持ち、伝えるべきことを伝えることに専念していた」「彼は強い正義感があり、そして子どもといった傷つきやすい人々のことを常に気遣っていた」と伝えている。
湯川さんをめぐっては、昨年8月にイスラム国に拘束されたとする映像がインターネット上に掲載されていた。後藤さんは、昨年4月にシリアで取材していた際に湯川さんと知り合ったとしており、NHKが関係者の話として伝えたところによると、後藤さんはその後、「イスラム国に拘束された湯川さんを救出に行く」と話していたという。