日本で活動しているウクライナ正教会キエフ総主教庁の「聖ユダミッション」は23日、日本聖公会聖オルバン教会(東京都港区)で、約80年前に「ホロドモール」と呼ばれる旧ソ連による人工的大飢饉で亡くなった何百万人もの犠牲者を覚えて、カトリックや聖公会の聖職者と共にエキュメニカルな合同礼拝を行った。
「1932年から1933年にかけて、旧ソ連政府下にあったウクライナにおいて、人工的に大飢饉を起こすことにより何百万人もの尊い命が飢餓によって奪われるという、ホロドモール(ウクライナ大飢饉、または飢餓大量虐殺)が起こりました」と、同ミッションはこの合同礼拝の案内文で説明していた。
「子どもたちに過保護になるとホロドモールが忘れられる」と神父
同ミッションのポール・コロルーク神父はこの礼拝で、約50人の参加者を前に英語で説教を行い、ウクライナ人の親たちは子どもたちに過保護になり、スターリン政権下で起きたとされるホロドモールの歴史が忘れられていると警告し、歴史教育の重要性を強調した。
「私たちが子どもたちに過保護になると、私たちは、この世界には自らの政治目的を達成するために民族全体を飢えさせ、大量虐殺を犯す意志を持つ人たちがいるのだということを忘れてしまう」とコロルーク神父は強く訴えた。
「私たちが自分の子どもたちに、自分たちの世界がどんなものなのかを決して示すことがなければ、彼らが育ったとき、彼らはその世界の中で生きることができないでしょう。もし私たちが自分たちの生きている間に犯されてしまった過ちを示さなければ、私たちはその過ちが持つ痛みから彼らを遠ざけることはできるかもしれませんが、しかしそれ以上にあり得るのは、彼らの人生の中で同じ過ちを犯すようにさせてしまうことです」と、コロルーク神父は憂慮を示した。
「親というものは子どもたちを守りたがるものです。子どもたちには良い世界を見てもらいたいと望むものです。その結果、その子どもたちはこの世界にある苦しみを理解せずに育つのです」とコロルーク神父。「だから、何世代ものウクライナ人が、ホロドモールの恐ろしい出来事について自分の子どもたちに伝えずに育ててしまったのです」と語った。
「もし私たちが自分の子どもたちに過保護になると、彼らは学校の本にあることも、新聞で目にすることも、ほんの一部しか知ろうとしなくなります。そして、彼らが目を開けて見つけ出す必要があることがもっとたくさんあるということも」と、コロルーク神父は話した。
「もし私たちが子どもたちに過保護になると、彼らは教会の主教一人ひとりを射撃しようと意図している人たちがなぜいるのか、理解しようとしなくなるでしょう。ウクライナ正教会の44人の主教たち一人ひとりです。なぜならそれらの主教たちはモスクワ(ロシア政府)に屈服しようとしないからです」と、コロルーク神父は、現在ロシアと対立しているウクライナでの出来事に言及した。
「もし私たちが自分の子どもたちに過保護になると、私たちは彼らをもはや保護しないという危険を冒すのです」と、コロルーク神父はその結末について注意を促した。
「ですから、今日祈るにあたって、私たちは単に80年前に逝去した方々のために祈るだけではなく、今日苦闘している人たちのために祈るだけでもなく、ここにいる私たち全員のために、そして私たちの後に続く、開かれた心を持たない人たちのために祈ります。私たちがそれを繰り返すのを防ぐことができるように。その開かれた心をもって、祈りましょう」と、コロルーク神父は結んだ。
カトリック、聖公会の神父が犠牲者追悼の祈り
コロルーク神父の説教の後、カトリック教会のエスコラピオス修道会日本・フィリピン副管区のビクター・デラバン神父が英語で、「ホロドモールで死んだ人たちがキリストの命を受けることができますように。憐れみのうちに、私たちの祈りをお聞きください」などと祈祷をささげた。
その後、パナヒダ(レクイエム、追悼式)がウクライナ語で行われた。また、この合同礼拝を要請し、公式参列した駐日ウクライナ全権大使のイホール・ハルチェンコ氏が、ウクライナ語で追悼演説を行った。
聖ユダミッションはこれについてフェイスブックで、「駐日ウクライナ全権大使イホール・ハルチェンコ氏も参加し、以前平和なときに飢餓によってウクライナ人を殺していた政権は、現在武器を使って圧迫しようしているが、ウクライナ人がホロドモールや現在の戦争で亡くなった人を思い出しながら自分を力を感じるので戦い続けている、と語りました」と日本語で報告している。
聖オルバン教会のウィリアム・ブルソン神父が閉会祈祷をささげ、閉会後、参加者たちは同教会の外でろうそくを灯し、犠牲者を追悼した。
米、カナダも追悼声明
米国のホワイトハウスは21日のプレスリリースで、ホロドモール追悼の日に関する声明文を発表した。また、カナダのニュースサイト「カナダ・フリー・プレス」も22日、カナダのスティーブン・ハーパー首相によるホロドモールの追悼声明文を掲載した。
ウクライナ宗教情報サービス(RISU)は25日付で、「ホロドモールの犠牲者たちを東京で祈りをもって追悼、反テロ作戦の兵士たちへの援助金が集められる」という見出しの記事を写真入りで掲載した。
コロルーク神父によると、ウクライナでは1991年まで学校ではホロドモールについて教えられず、教科書でも一切触れられてこなかったという。また、公的な追悼式も禁止され、行われてこなかったという。
国外へ移住したウクライナ人もホロドモールについて知らない人がほとんどで、「これ(ホロドモール)について語ることを禁じられていたと伝えようとしても、だから何だ?という感じだった」という。
過去のメディアの報道については、「ホロドモールを報じたニューヨーク・タイムズ紙の記者は旧ソ連共産党に追従し、米国市民に対してウソを報じていた。ニューヨーク・タイムズ紙は70年ほど後にそれを認めた」と言い、「私たちは今も人々が殺し合う世界に育っている」と語った。
なお、ロバート・コンクエスト著『悲しみの収穫 ウクライナ大飢饉』(恵雅堂出版、2007年)は、「スターリンの農業集団化と飢饉テロ」という副題で、ホロドモールについて600ページ以上にわたって述べている。
また、この礼拝に先立ち、コロルーク神父は本紙に、カトリック東京大司教区の岡田武夫大司教が2008年に記した、ホロドモール75周年のメッセージを送ってくれた(下記参照)。
このメッセージの中で、岡田大司教は、ホロドモールに「深い悲しみと憤りを覚えます」と言い、「私たちの世界はいつでもこのような悲劇が繰り返される危険性を孕(はら)んでいるのです」「私たちはキリストの教えを受け継ぐ者として、父である神の御心に反するあらゆる行為に、毅然(きぜん)たる態度で反対しなければなりません」などと述べている。
岡田武夫大司教のホロドモール75周年メッセージ(2008年)
1932年から33年にかけてウクライナに起きた大飢饉、いわゆるホロドモールから75年の時が経ちました。この出来事は自然災害などではなく、当時のソビエト政府によって急激に進められた農業集団化政策が引き起こした、歴然たる「人災」であり、現在はウクライナにおいてはジェノサイドと認識されている事件であります。同じ人間によってその命を軽視され、ほしいままにされた幾百万のウクライナの人々を思うとき、遠い地にありながらも深い悲しみと憤りを覚えます。
75年前にウクライナで起こった出来事は、組織または国家の単位での暴力や殺人が、いかに想像を絶する悲劇につながるかということを、現代に教えています。組織的に行われた犯罪の下、土地を奪われ、糧を奪われ、そして命までも奪われた膨大な数の人々。しかしこれは決して「一時代の狂気」という言葉で片づけるわけにはいきません。世にある人々を一人残らず愛される天の父の御心が軽んじられ、蔑にされるとき、私たちの世界はいつでもこのような悲劇が繰り返される危険性を孕んでいるのです。現に世紀が替わった今日も、世界のいたる所で変わることなく暴力、殺人そして搾取が組織的に繰り返され、その中で多くの人々が悲痛な叫びをあげています。
天の御父は人間を無限にお愛しになりました。限りなく愛されたが故に、イエス・キリストを世に送られました。ひとり子イエスは父の御心に従い、十字架に上って神の愛を私たちに示されました。この愛は誰一人をも除外するものではありません。この神の愛と現在の世界、双方を思うとき、私たち教会の責任の重さを痛感します。私たちはキリストの教えを受け継ぐ者として、父である神の御心に反するあらゆる行為に、毅然たる態度で反対しなければなりません。
この決意を新たにしつつ、あらためてホロドモールにより命を奪われた方々の、天における永遠の安息をお祈りいたします。