— 日本の撮影ではエキストラがたくさん出ているようですね。
エキストラとして出演してくださったボランティアの皆さんには、この場をお借りして本当に感謝をしたいです。オペラの応援シーンがありますが、客席に座る観客のためにエキストラが大勢必要でした。公演のシーンは、実際に目の前で公演が行われていればとても楽しいものだと思いますが、公演を目の前にしていなくても楽しんでいるような演技をしなければいけませんので、とても大変なシーンだと思います。エキストラの皆さんが、本当に誠心誠意その場を楽しんで演じてくださったので、本当に助けられました。
— ベー・チェチョルさんと沢田幸司さんの男性2人に加え、彼らを支える2人の女性、チェチョルさんの妻であるユニさんと、沢田さんのアシスタント・美咲さんの演出が良いアクセントとなっていました。
チェチョルさんの奥様には、映画ではユニさんになりますが、撮影前にインタビューを通じて、どのように苦難を乗り越えてきたのかお話をおうかがいしました。前作でもそうですが、女性が持つ力強さを映画の中で表現したいという思いがありました。たとえば、苦難に遭遇したとき、女性は一見か弱い存在に見えるかもしれませんが、実はすごく力強く、芯が強い。男性が揺れてしまうようなときに、しっかりとその芯の強さで支える女性というものを描きたかったです。
北乃きいさんが演じた美咲さんは架空の人物ですが、沢田さんという役はストレートで、とにかくベー・チェチョルを助けたいという、真っ直ぐな思いを持っていますが、ある種ストレート過ぎて単純にも見えます。彼も自分の信じているものが揺らぐ瞬間が訪れますが、その時にそばで彼に確信を与える存在として美咲を描きたいと思いました。
— ベー・チェチョルさんが甲状腺がんという苦難を乗り越えて復帰するには、沢田さんとの友情、また妻ユニさんの支えもあったと思いますが、チェチョルさん自身の信仰も大きな要因だったと思います。チェチョルさんの信仰をどのように表現しようとしましたか?
私は個人的には無宗教ですが、以前キリスト教の勉強もしていましたし、宗教にも関心を持っていました。ですが、この映画を宗教映画にはしたくはありませんでした。だからと言って、あえて宗教色を消そうともしませんでしたし、宗教色を過剰に打ち出すこともしませんでした。
ただ、チェチョルさんにとって重要な瞬間では、やはり宗教の存在が表現されています。たとえば、手術台の上で歌う場面や、手術前に挫折したとき神に対して嘆くシーンがあります。これらは重要なシーンだと思って描いていますが、これらのシーンはエンディングのシーンとも関わってきます。エンディングでは、アメイジング・グレイスを歌いますが、これは、以前は分からなかったけど今は気づいたという、気づきの内容が含まれています。若かりしころの愚かさについて気づく歌です。
チェチョルさんにとっては、全盛期のころの自分自身の傲慢さ、自ら世界一の歌い手だと考えていたその傲慢さに、もう一度立ち直っていく過程で気づくのが最後のシーンです。以前は彼が持っていた才能を人々に誇示し、見せていたのであれば、その時点では、歌の持つ意味を心を込めて観客に伝えるという彼の変化、成熟が見られるシーンになっています。このチェチョルさんの変化の過程が、ある種宗教的な色合いを帯びていると思っています。
— チェチョルさんの実話をもとにしたこの映画を通して、日本の人々に感じてほしいことがあれば、お聞かせください。
私は、映画に対する観客一人ひとりの感想がその映画の最後の段階であり、観客が持ち帰る思いが映画を完成させると思っていますので、まずは皆さんにこの映画を楽しんで観ていただきたいです。
この映画では2人の男の友情が描かれていますが、もう一方で、人は誰しも自分の舞台、自分が歩んでいる人生の舞台があります。それを見守ってくださっている周囲の観客がいるということを感じ、そうした周囲の真心に気付くことができれば、それは人生を生きる上で大きな力になることを、この映画を通じて感じてほしいと思っています。
■『ザ・テノール』監督インタビュー:(1)(2)
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キム・サンマン
1970年1月28日、韓国ソウル生まれ。弘益大学広告デザイン学科を卒業後、美術スタッフとして映画界に。映画ポスターのデザインを経て美術監督を務めるようになり、『JSA』(00)で大鐘賞美術賞を受賞。『死生決断』(06)では美術監督と音楽監督を兼任するなど多才ぶりを発揮する。『ガールスカウト』(08)で長編監督デビュー。ユ・ジテが殺人鬼を演じた監督2作目『ミッドナイトFM』(10)では、ヒロインを演じたスエが青竜映画祭主演女優賞。『ザ・テノール』が監督3作目となる。