第5章 心傷つき病む子どもたちの癒やしへの道
Ⅲ. アガペーによる全面受容の癒やしへの道
2)アガペーによる全面受容の癒やしが成されるための具体的な道
心病み傷ついたウルトラ良い子たちが、心の深みから癒やされるために最良な道は、両親とりわけ母親のアガペーによる全面受容の道以外には断じてありえません。そもそも子どもたちは、すべて母を思慕し、母に依存し、期待いたします。その母親たちが前述したように世俗の価値観から完全に脱却し、真の人間性の本質に立ち返り、人間の真の尊厳とその絶対的価値に目覚め、わが子を全面受容するようになるとき、そこに驚くばかりの癒やしと回復が促進されるのです。
そのためには心傷つき病んでいたウルトラ良い子たちが、果たして自らの母親がいかにアガペーの受容者にふさわしく変革されているかを確認できるような何らかの鮮やかな証しが必要とされます。その証しこそ、以下に述べるような新たなるアプローチとコミュニケーションとによって達成されるのです。
それではその達成への具体的実践の道を順次記してみましょう。そして是非とも謙虚な思いをもって、真心こめて実行してみてください。その時、必ずと言って良いほど日が経つほどにその喜ばしい成果に気づかされ、いよいよ確信をもってその道を究め尽して行かれることでしょう。
■ 癒やしへの具体的な道
①子どもへの謙遜にして真摯な謝罪と告白 加害者告白
まず最初にしてほしいことは、当該の子どもへの謙遜にして真摯な加害者告白と謝罪です。このことにまず成功しないならば、心傷つき病めるわが子との間の心の距離は決して埋まらず、真の対話さえ生み出せないでしょう。
すでに述べてきたように多くの善良な両親とくに母親たちは、わが子に対してことさらに悪をなしたり、ましておや罪を犯したりなどしてはいないでしょう。それどころかどれほど長い間、愛するわが子のために労苦し、時には大きな犠牲さえ払って養育にあたってきたことでしょう。
しかし、このような親の善意や労苦、愛の犠牲をさえ払ってきたにも関わらず、もしその思いや行為の背後に世俗的価値観や人生観、世界観が支配していたとするならば、悲しいかなウルトラ良い子たちは、それらの親の思いとは裏腹に、抑圧や非受容を感じてきてしまっていたのです。
実にそれほどまでに彼らにとって非絶対的、相対的、世俗的価値観や人生観、世界観は抑圧と非受容感を彼らにもたらしてしまうのです。この彼らの超常識的な感性と感覚は、お互い一般人の常識的な感性をもってしては、皆目理解しがたいものなのです。
それだけに気づかずして両者の間にすれ違いが生じ、そのすれ違いは時間の経過とともに溝となり、その溝はさらに抑圧を深め、遂には異常心理、更には異常行為とさえなって、いよいよ心病み傷ついた彼らの人間性と生涯を歪めて行ってしまうのです。こうした彼らの病める真意を理解するようになるとき、親の側のいわゆる悪意や過ち、ことさらな悪意から出た罪はないまでも、ウルトラ良い子の感性を持ったこの子たちを、故意や悪意なく抑圧し、ここまで追い込んでしまった事実の前に、今やアガぺーの心を持った母たちは、今こそ彼らを真に愛するがゆえに、極限まで自らを低くして謙虚に、かつ真摯な思いをもって「ごめんなさい。気づかずしてあなたをここまで抑圧し、追い込んでしまったお母さんをどうぞ赦して下さい。お母さんこそ、この世で最もあなたを理解し、受容すべき存在であったのに、こともあろうにそのお母さんがあなたの最大の加害者となってしまったのですから・・・」と告白し、謝罪する時、その瞬間から、ウルトラ良い子の抑圧された感性が慰められ、癒やされ、甦り始めるのです。
それはあたかもそこに奇跡が起こり始めたかのごとく思われることさえありうるのです。何という不思議にして素晴らしい人間の心の中に起こされる神秘ではありませんか!(続く)
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峯野龍弘(みねの・たつひろ)
1939年横浜市に生れる。日本大学法学部、東京聖書学校卒業後、65年~68年日本基督教団桜ヶ丘教会で牧会、68年淀橋教会に就任、72年より同教会主任牧師をつとめて現在に至る。また、ウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会および同教会の各地ブランチ教会を司る主管牧師でもある。
この間、特定非営利活動法人ワールド・ビジョン・ジャパン総裁(現名誉会長)、東京大聖書展実務委員長、日本福音同盟(JEA)理事長等を歴任。現在、日本ケズィック・コンベンション中央委員長、日本プロテスタント宣教150周年実行委員長などの任にある。名誉神学博士(米国アズベリー神学校、韓国トーチ・トリニティー神学大学)。
主な著書に、自伝「愛ひとすじに」(いのちのことば社)、「聖なる生涯を慕い求めて―ケズィックとその精神―」(教文館)、「真のキリスト者への道」(いのちのことば社)など。