曲目全てがウクライナの楽曲で構成されたバイオリンの無伴奏リサイタルが、東京と横浜の教会を会場に開催される。日本では初めての試みで、ロシアの軍事侵攻開始直後に亡くなったウクライナ人作曲家の楽曲や、2014年にロシアがクリミア半島を違法に併合した際の犠牲者にささげられた楽曲などが演奏される。
演奏するのは、英ロンドン在住の日本人バイオリニスト、新井智子(ちえこ)さん。16歳で渡英した新井さんは、世界有数の音楽学校である英国王立音楽院で学び、首席賞を含め学内外で数々の賞を受賞。卒業後には同音楽院の指導者資格も取得しており、欧州、南米、アジア各地で演奏活動をしている。
新井さんは昨年12月、在日ウクライナ正教会「聖ユダミッション」が主催するホロドモールの追悼合同祈祷式で演奏する機会があった。ホロドモールは1930年代、旧ソ連下にあったウクライナで起こされた人為的な飢餓。当時の人口の20~25パーセントが死亡したとされ、ウクライナや欧米の複数の国は、ジェノサイド(大量虐殺)だったとしている。
軍事侵攻を受ける現在だけでなく、長い歴史の中でさまざまな苦難にさらされてきたウクライナのために何かできることはないか――。そう尋ねた新井さんに、聖ユダミッションのポール・コロルク長司祭が提案したのが、ウクライナ人作曲家の楽曲を用いたリサイタルだった。
ウクライナは軍事侵攻を受ける現在はもとより、旧ソ連時代や、それ以前の帝政ロシア時代、モスクワ大公国時代においても、自分たちの言葉や文化、宗教を奪おうとする抑圧にさらされてきたとコロルク長司祭は話す。そうした時代背景があるにもかかわらず、「ウクライナには文化がない」などと揶揄(やゆ)する人もおり、またウクライナ人自身も自国の作曲家に至っては知っている人は多くないという。
新井さんも、音楽家としての興味から、さまざまな国の楽曲に触れる機会を作ってきたが、ウクライナの楽曲に出会うことはほとんどなかった。また、コロルク長司祭からの提案を受け、ウクライナ人作曲家による楽曲を探しても、見つかったのは多くが20世紀以降のものだった。もともとバイオリンの無伴奏用楽曲は、ピアノなどの伴奏がある楽曲に比べると少ないが、文化的な抑圧を受けてきたウクライナの歴史を感じたという。
リサイタルでは、ロシアの軍事侵攻開始3日後に必要な治療を受けられず、脳出血で亡くなったハンナ・ハブルィレツ(1958~2022)の「エクスリブリス」や、イワン・ハンドシュコ(1747~1804)の「バイオリンソナタ変ホ長調 Op.3 No.2」など、ウクライナ人作曲家の楽曲を中心に演奏する予定。曲目の中には、旧ソ連構成国ジョージア出身のバイオリニストで作曲家のイゴール・ロボダ(1956~)が、2014年のクリミア半島の違法な併合で犠牲になった人々のために作曲した「レクイエム」も含まれる。「レクイエム」は、バイオリン界の巨匠として知られるギドン・クレーメルが各所で演奏している。
カトリックの司祭を伯父に持ち、自身も幼少期にカトリックの洗礼を受けている新井さんは、時間があるときには教会に立ち寄り、静まった聖堂で心を落ち着けることがあるという。また、10年以上住んでいる英国は、教会がコンサートなどの会場になることはごく一般的。「(教会は)私にとってはホッとする、親しみのある場所」と話す。
リサイタルは、駐日ウクライナ大使館と駐日英国大使館が後援し、聖ユダミッションのほか、会場となる日本聖公会の聖オルバン教会、横浜山手聖公会がそれぞれ協力する形で開催される。いずれも入場無料で予約も不要だが、入場は先着100人に限られる。会場では、ウクライナ人道支援のための募金が行われる。問い合わせは、聖ユダミッション(メール:[email protected])まで。日程は下記の通り。
<第1回>
日時:6月21日(金)午後6時半開場、同7時開演
場所:聖オルバン教会(東京都港区芝公園3-6-25)
<第2回>
日時:6月23日(日)午後2時半開場、同3時開演
場所:横浜山手聖公会(横浜市中区山手町235)