「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、「そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする」という約束です。(エペソ6:2、3)
「あなたの父と母を敬え」というのは、モーセの十戒の中でも大切な戒めであり、箴言の中でもいろいろな角度から語られます。使徒パウロは「これは第一の戒め」と表現しています。信仰は家庭の中で育まれ、守られていくもので、その基本となるのが夫と妻の関係ということではないかと思います。
今から40年ほど前のお話ですが、中東を旅行していたとき、「日本人ですか」とイスラムの青年に声をかけられました。そして「日本の憲法は素晴らしいですね」と言われたのでびっくりしたことがあります。憲法9条を標榜する反戦主義者かなと思ったのですが、「私は平和を好みますが、反戦主義者ではありません。自分の国を守るためには率先して戦います」と断言していました。日本国憲法で素晴らしいのは、一夫一婦制が定められていることだと言うのです。
イスラムの社会では一夫多妻制ですが、彼は一夫一婦が理想だと言いました。自分の理想を貫きたいけれど、さまざまな困難があり、例えば、一人の妻しかいないと表明すると、社会的な力がない者と見なされ、銀行融資に影響があるとか、社会的リーダーとして認めてもらえないことが多いというのです。もし憲法に一夫一婦制があったら、自分は憲法に従っていますからと正々堂々と宣言できると話していました。
私はイスラムの青年と話しながら、日本人として恵まれた環境に生かされているのだなあと改めて実感しました。日本にいたら当たり前すぎて、何も気付かない恵みが多くあることが、海外を歩くときに示されます。
聖書というのは、人間の持っている強みも弱さも、裏も表も全て包み隠さず示してくれます。ダビデとソロモンはイスラエルの建国を仕上げ、最高潮に導いたヒーローでもあるのですが、イスラエル分裂の火種を作った張本人でもあります。もし彼らが一夫一婦を貫いていたら、違う歴史になっていたことは間違いありません。
ダビデは果敢な武人であり、イスラエル王国の立役者であるのですが、彼には800人のきさきがいたといわれます。そんなに多くの妻がいたのに、人妻バテシバに恋し、挙げ句の果てにはその夫を殺してしまうという大罪を犯してしまいます。
ダビデとバテシバの間の子どもがソロモンです。ソロモンはイスラエルの神殿をエルサレムに建立し、財政基盤を強め、領土も史上最大といわれるほど拡張します。しかし、きさきの数は5千人だったといわれます。
そんなに多くの妻に囲まれながら、外国の女王に引かれ、身ごもらせてしまいます。そのシバの国エチオピアが、後にキリスト教国となることにつながるわけですので複雑な心境ですが、歴史の意外な側面かもしれません。
ソロモン王の功績の一つが、イスラエルとインドの間に交易路を作ったことではないかと思います。アカバ湾を母港とする100艘(そう)の大船団を連ねてインドと交易を始めますが、神殿の純金の器や王室の金製の器などの基となる金は、インドから来ていました。インドという言葉は旧約聖書には出てきませんが、列王記第一10章22節に「くじゃく」という言葉があります。
くじゃくはインドだけに生息する生き物ですので、インドと交流があったとする根拠になります。ソロモンによって作り出されたインド航路はユダヤ商人に引き継がれ、やがてアッシリアに北王国イスラエルが滅ぼされるときには、一部のイスラエル人が脱出路として用い、東の果ての国を目指すのに利用したと考えてもいいのではないかと思います。
王は海に、ヒラムの船団のほか、タルシシュの船団を持っており、三年に一度、タルシシュの船団が金、銀、象牙、さる、くじゃくを運んで来たからである。(1列王記10:22)
ソロモン王がインドに船団を派遣するとき、大量の交易品を現地で確保し、準備する人々が必要になりました。そのために派遣されたユダヤ人がインドに定住し、コロニーを形成するようになります。そうすると、そこに当然のようにシナゴグが設置され、トーラーが朗読されるようになります。その結果、モーセ五書に触れるインド人も出てくるようになり、モーセの十戒が広まるきっかけにもなったのかなと想像します。
これは釈迦の生まれる500年前の出来事です。釈迦が出家し、教えを説き始めたとき、その中にユダヤ人の弟子がいたと伝えられています。釈迦とモーセ五書の接点はあったというのが当然であり、なかったというのは難しいかもしれません。
復活したキリストは弟子たちに、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地の果てまで福音を伝えるように命じられます(使徒1:8)。弟子たちは世界各地に散らされたディアスポラの同胞たちを訪ねます。その中にインドが含まれるのは当然であり、使徒トマスがインドに派遣されます。トマスの宣教の影響を受けて、インドの小乗仏教は大乗仏教に変化していったと考えられます。
モーセの十戒は、世界の果てまで届いていると言って過言ではないと思います。その十戒の中で第一の戒めが「あなたの父と母を敬いなさい」です。この教えに異論を唱える人は誰もいません。夫婦が愛し合い、支え合っていくことが社会を形成する礎になり、この地上での幸せにつながるという約束が示されています。
それはそうとして、あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻もまた自分の夫を敬いなさい。(エペソ5:33)
◇