わたしは秘められている財宝と、ひそかな所の隠された宝をあなたに与える。それは、わたしが主であり、あなたの名を呼ぶ者、イスラエルの神であることをあなたが知るためだ。(イザヤ45:3)
欧米で日本食ブームが起きていることは周知の事実ですが、和食の中心は、醤油、味噌、日本酒といったこうじ菌を用いた発酵食品です。単にうま味を引き出すというだけでなく、健康にも良いということでブームに拍車がかかっています。
日本酒、焼酎つくりに欠かせないこうじ菌ですが、日本にしか存在していないそうです。日本から世界に向けて輸出されているというのです。日本では、こうじ菌は古くから用いられていて、平安時代には種こうじを売ることを商売にする人がいたようです。
そこで疑問になってくるのが、このこうじ菌はどこから来たのかということではないかと思います。朝鮮半島や中国大陸には同じようなこうじ菌は存在していないとすれば、果たしてどこから持ってきたのでしょうか。
ユダヤ系といわれている秦氏が古代日本にやってきたとき、彼らは養蚕や機織りだけでなく、清酒造りを日本に伝えています。実は、ぶどう酒というのはユダヤの儀式では欠かせないものです(申命記7:12〜15参照)。
古代ユダヤ人は、ぶどう酒を造るのにこうじ菌を用いていたのではないかと推測できます。ぬか漬けの菌がお母さんから娘に受け継がれていくように、ユダヤ人の間でこうじ菌が受け継がれていたのではないでしょうか。そして、はるばる日本にも伝えられたのに、祖国イスラエルの地には戦禍のために何も残らず、日本にだけ残っているとしたら、とても興味深いことではないでしょうか。
微生物は人々の健康に貢献するだけではなく、人々の暮らしや工業にも深く関わってきます。今やSDGsのために化石燃料の使用制限が叫ばれています。太陽光や風力も電気をつくることができるのですが、天候に左右され、不安定です。安定して電力を供給できるクリーンエネルギーは、水力と水素ではないかと思います。世界各国が水素エンジンの開発にしのぎを削っています。
確かに水素は有効なのですが、水を分解して水素を得ようとすれば化石燃料に頼らなければならず、いたちごっこになってしまうと嘆かれています。ところが、こうじ菌は水素を生み出す微生物になるというのです。増殖するために水の酸素を吸入し、水素を吐き出すそうです。そうすると、全く電力を用いないで水素を入手できるわけです。水素エンジンを動かしても排出されるのは水だけです。このシステムができあがれば、日本に新たなエネルギー革命が起きることになります。
古代ユダヤ人のもたらしたものが、健康問題だけでなく、エネルギー問題にも光明を差してくるとなると、わくわくしてくるのは私だけでしょうか。神様はとてつもない宝物を日本人に委ねていてくださったことになります。
日本には素晴らしい自然も文化もあるかもしれないが、キリスト教からはほど遠い国だと子どもの頃に聞かされていたのを覚えています。確かにエルサレムからは遠く離れていますし、豊臣秀吉のキリシタン追放、徳川幕府による鎖国政策などにより、キリスト教文化からは遮断された状況だったのは分かります。
しかし、キリスト教布教を隠れみのにして宣教師の格好をした悪徳商人が日本に乗り込み、多くの日本人女性や子どもを奴隷として買い取っていたというのも、紛れもない事実です。日本人奴隷を一番買い取っていたのが、ポルトガルだったといわれています。欧州各地だけでなく、メキシコにも売られていったようです。天正遣欧使節団の少年たちは、リスポンの奴隷市場で拘束されている日本人奴隷を見かけ、とても心を痛めて帰国したといわれます。こういう情報を耳に入れていた秀吉は、何とか取り戻したいと思っていたようです。2度の朝鮮出兵を試みますが、その直接の動機は、当時奴隷取引の拠点であったマカオを急襲しようということであったといわれます。
スペインとポルトガルの間では日本分割統治の話し合いが済んでいたのに日本が植民地化されなかったのは、鉄砲の急激な普及と戦国武将の勇猛果敢さを目撃して尻込みしたからといわれています。先人たちの薫陶により、日本の独立は保たれました。
日本文化の話をしているときに、神社がユダヤ教やキリスト教に関わりがあるかもしれないという話をする人がいました。私も最初は何をたわいもないことを言うのだという思いで聞いていました。示された文献に目を通し、渡来人としての古代ユダヤ人のこと、埴輪(はにわ)の中にユダヤの格好をしたものがあることなどを知り、もしやと思っていろいろ調べ、自分なりに考察し、そうかもしれないという意見に変わってきました。
東方キリスト教とは相性が良かったかもしれないのに、西方キリスト教とは衝突があり、反キリスト教国になってしまったのかと思います。前者は宗教を前面に押し出さず技術貢献したのに対し、後者は宗教を隠れみのにして植民地政策を押し付けてきたせいかもしれません。
私は神社の鳥居がなぜ、今のような形になっているのか考えたことがあります。鳥居というのはヘブル語のトリイ(門)の当て字だとヘブル語研究家のヨセフ・アイゼルバーグ氏は言っておられます。古代ユダヤの神殿は、入り口に2本の大きな柱が立っていたようです。日本の古い神社の中には、入り口に2本の柱が立っているだけのものがあります。東方教会や景教、正教会は縦1本横2本の十字架を用いています。このような十字架を並べて立ててみて、驚いたことがあります。何と神社の鳥居になるのです。
いろいろ探っていくと、まだまだ興味深いことが出ててくるかもしれませんが、なぜユダヤ教やキリスト教のことが隠されたままになっているのか不思議です。やがて神の時が来て、すべてが明らかになるのかもしれませんが、その時は日本が神に用いられる時であると信じています。そのためにも聖書の学びを深め、世界情勢に注目していかなければなりません。
外部の人に対して賢明にふるまい、機会を十分に生かして用いなさい。(コロサイ4:5)
◇