本書は、2021年に関西大学大学院文学研究科の博士課程を修了された伊藤耕一郎氏が、博士論文を基にまとめた書である。そのため、キリスト教を礼賛するようなものでもなければ、特定の宗教を啓蒙する目的のものでもない。あくまでも「スピリチュアル」に関する今までの先行研究を精査した上で、伊藤氏独自の調査を加え、新たな研究成果としてまとめ上げたものである。分量はA5版で360ページ強。博士論文ということからも分かるように、コーヒー片手に喫茶店でページをめくるような内容ではない。そう当初は思っていた。だから書評の依頼を受けたとき、受けるかどうか正直迷ってしまった。
というのも、私は現在、福音派の教会の牧師をしており、しかも宗教史(特に米国の福音派史)が専門である。こういったスピリチュアルなものに対し、むしろ斜に構えてしまう立場である。にもかかわらず書評の執筆をお受けしたのには理由がある。それは私自身の周囲の人々との関わりから、キリスト教(またはキリスト信仰)とスピリチュアルな世界を陸続きに考える日本人が多くいることを感じていたからである。そして、これらを峻別することはもちろんだが、どうしてこの2つが同じカテゴリーのうちに捉えられてしまうのかを、学術的に明らかにしてくれる本を探していたというのも理由の一つである。そのため、自らの勉強のためにも本書を読ませていただこうと思うに至った次第である。
本書において、スピリチュアルなものは「精神世界」というくくりになり、この概念と既存の諸宗教、さらに最近隆盛している新宗教(さらに新しい「新新宗教」)との親和性が問われている。一般的に、精神世界は後者(新宗教、新新宗教)との親和性が高いように思えるが、本書において示されている結果はそうではない。むしろ既存の諸宗教(キリスト教、仏教、神道など)の方が、実質的な親和性は高いという結果になっている。そうなると、その一つであるキリスト教界に身を置く者として、「これは聞き捨てならない」となってくる。なぜなら、私たちは「似て非なるもの」を「異端」として退けることを旨としてきたからである。この関係をどう見ていけばいいのか。これは某異端団体が日本を騒がせている今日だからこそ、一人でも多くのキリスト者が耳を傾けるべき内容である。そうすることで、「異端とは何か」と同時に「なぜ信仰を持たない者はこの峻別ができないのか」ということが分かるようになる。
またもう一つ、これは福音派というより、私の出自である「ペンテコステ派」に関することだが、ここまで踏み込んでペンテコステ派を学術的に考察し、まとめたものを私は見たことがなかった。ある種、明瞭闊達(かったつ)と言ってもいい。とはいえ、ペンテコステ派に属する者たちからは大きな反発を招くであろう。例を示そう。
この点から考えると、キリスト教という伝統的宗教でありながら、カリスマ・ペンテコステ派は「霊能的技法+信仰共同体」という形態がきわだっており、新新宗教と同じ形態であるように見える。(129ページ)
このような書き方は、信仰を人生の根幹に置いている熱心な者たち(いわゆるガチ勢)にとっては、我慢ならないものであろう。しかし、それほどの怒りや憎悪をかきたてるということは、ある意味、的を射ているということでもある。伊藤氏はこう続ける。
この点で、精神世界と新新宗教に親和性がなかったのと同様の理由で、カリスマ・ペンテコステ派が、同族嫌悪の面から精神世界を拒絶するということは理由の1つとして考え得る。(同上)
ここに本書の「すごみ」があると思わされた。スピリチュアル(精神世界)というおよそアカデミズムとは縁遠い題材を扱いながら、それでいて最も主観的な側面を客観的に描き出しているということである。「霊的」な内容を学術的に語ることができるとしたら、それはどんな背景(クリスチャン、ノンクリスチャン、福音派、リベラル派を問わず)の人々とも議論し合える場(トポス)を生み出せるということになる。
そういった意味で本書は、キリスト教界に生きる私たちへの「招待状(または挑戦状)」と言ってもいいだろう。本書の全てを理解する必要はない。新宗教や新新宗教の教理を一つ一つ知らなくてもいい。本書は、フィールドワークという手法を用いることで、研究者の立場に客観性を持たせ、そしてスピリチュアルな世界に足を踏み入れている当事者たちの「語り」を冷徹に分析している。私たちはまず、それらに耳を傾け、真摯(しんし)にこの研究成果を議論すべきである。
また、宣教という側面から見るなら、「精神世界からカリスマ・ペンテコステ派へ移動してくる人々が少なからずいる」として、実際に幾つかの事例が紹介されている点を見過ごしてはならないだろう。そういう彼らは、決して「異端」に惑わされたり、「悪しき霊」に取り込まれたりしていた者たちではない。「求める者(seeker)」なのだ。ストライクゾーンを探って、独自の投げ方でボールを投じていたといってもいい。それは本書に収められているさまざまなインタビューからもうかがい知ることができる。
冒頭に、本書はコーヒー片手に喫茶店でページをめくるような内容ではないと述べたが、ここで訂正させていただく。本書に収録されている数々のインタビューは、喫茶店で手軽に読むこともできる。そして、こうしたフィールドワークが本書の肝であり、そこからさまざまな刺激を受けることもまた、本書を読む醍醐味(だいごみ)の一つである。ぜひ気軽に、でも真摯に、本書に収められた当事者たちの「語り」に耳を傾けてもらいたい。
■ 伊藤耕一郎著『スピリチュアルのリアル 精神世界再考』(SRCパブリッシング、2022年6月)
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