安倍晋三元総理を銃撃した犯人は、「統一協会」に恨みを持つ人でした。統一協会の現在の名称は「世界平和統一家庭連合」で、旧称は「世界基督教統一神霊協会」です。旧称の略称である「統一協会」で知られてきました。統一協会問題に関わる専門家はほぼ一致して「統一【協会】」としていましたが、今回の事件で注目が集まる中、多くのメディアは「統一【教会】」を用いており、キリスト教の立場としては、ここには注意が必要です。
統一協会はカルトです。しかも、キング・オブ・カルトです。「カルト」の定義は時代の流れで変遷しますが、「破壊的」「反社会的」という意味を含み、多くは洗脳(現在はマインドコントロール)を手段として用いるという、『カルト』(1995年)の著者マーガレット・T・シンガー(1921~2003)の定義が基本的には用いられます。補足すると、「洗脳」は物理手段を用いる場合に使用され、「マインドコントロール」は脳内の情報操作のみによるものとして区別されるようになっています。
統一協会がもたらす悲惨
統一協会ほど金銭にまつわるトラブルで裁判沙汰を起こしている宗教はないでしょう。先祖のたたりやカルマなどを持ち出して人々の恐怖をあおる霊感商法では、原価5千円ほどの壺(つぼ)を、数十万~数百万円で売りつけるのです。信者たちはまた、印鑑や数珠、高麗人参茶などを売り歩き、これらの売り上げを献金します。繁華街でのニセ募金などもそうです。この世はサタンの世界であり、サタンの支配下にある人々をだましてでも、お金は地上天国建設のために教祖の文鮮明に戻されねばならないと教えられます(「万物復帰」という統一協会の教え)。「人情より天情に立て」と言われ、人間的な判断は否定されるのです。ネット検索をすれば、こうした被害を訴えた裁判の記録がたくさん上がってきます。
多額の献金要求(参考動画)により、財産の多くを奪われた元信者たちの叫びは深刻なものです。全国霊感商法対策弁護士連絡会(全国弁連)の弁護士の方々は、そうした声を直接聞いているので、この問題について一生懸命に警鐘を鳴らし続けています。
一方で、自分の子どもを統一協会から取り返したいあまり、親たちが「脱会屋」といわれる人々の指導で、自分の子どもを監禁する行動に出ることもあります(参考動画)。監禁をする人やそれを弁護する人たちは「保護説得」だと言い、統一協会は「拉致監禁」だと言います。脱会屋の中には、親に高額な費用を請求する者もおり、手法を含め問題性がないわけではありません。しかし、私の知り合った青年は脱会から半年の人でしたが、脱会屋によるものでした。
いずれにしても、統一協会のひどい悪行に対し政府や行政がまるで動かないことで、強引な対抗策を講じる状況が生まれているともいえるのです。そのような状況下で、統一協会のイベントに笑顔で参加する政治家たちが目に入るのだから、統一協会の悪行を知る人たちにとって、そのいら立ちがどれほどのものかは想像に難くないでしょう。
カルトのマインドコントロールは、その悪質さから「心のレイプ」ともいわれます。つまり、統一協会においては、レイプされた被害者がレイプ犯のためにお金を貢ぎ続け、そのレイプ犯をかばい続けるに至るがごとき悲惨があるわけです。
統一協会問題で闘っている日本弁護士連合会(日弁連)の弁護士の方々や有田芳生さん(前参院議員)たちは、そのような悲惨を見て知っているので、大声で警告し続けています。ただ私は、統一協会のカルト性は同じく認識しているとはいえ、どうしても彼らとは違うベクトルに向かってしまいます。そのことを悩むこともありましたし、失敗もありましたが、今は統一協会問題における問題設定と見るべき方向性が彼らと違うからなのだと理解しています。
転換点となった副島事件
現在はこの統一協会と安倍元総理の関係が注目されていると思いますので、今回は特に統一協会と安倍元総理との関係について詳しく書くことにします。私は率直に「安倍元総理は統一協会とは関係がない」と回答していますが、これは言い過ぎであるかもしれないし、一方で正しくもあります。
私は10年ほど前に、実際に統一協会に潜入してみたことがあります。いくら本を読んでも、脱会者から話を聞いても、納得できなかったからです。幾度かのチャレンジの末に潜入することができ、関連施設に何度も通い、学びやイベントに参加することができました。やはり内部に入らないと分からないものがあります。今回の事件を受け、特に統一協会と自民党のつながりを一生懸命に探る記事が出ています。しかし、戦後史の大物の名前ばかりが踊っているところを見ると、いくら論説巧みに書いたとしても、結局はそれを喜ぶ政治好きの一種の陰謀論に近いものになってしまうのではないかと思っています。なぜなら、副島事件(1984年)があって以降、統一協会とのつながりで名前が上がる政治家は、それほどメジャーではないからです。統一協会と自民党のつながりを追っても、おそらく末端の政治家しか拾えないはずです。
横浜の関内には、統一協会の学習センターがあります。その所長さんが、勝共連合(統一協会の政治団体)で活動している方でした。私が安倍元総理について問うと、「安倍さんのお父さんは統一原理(統一協会の教え)を理解してくれたけど、息子の晋三さんはダメだなあ」と言っていました。とはいえ、安倍元総理の父・安倍晋太郎(1924~1991)が本当に統一協会の教えを理解していたかといえば疑問で、冷戦時代に反共という軸で勝共連合と一致していただけでしょう。
統一協会と政界などのつながりで重要な事件があります。先に触れた副島事件です。当時、統一協会の新聞社「世界日報」の編集長であった副島嘉和(そえじま・よしかず)が、統一協会の内情を「文藝春秋」に暴露しました。その手記が世に出る直前、副島が背後から何者かにめった刺しにされたのです。副島は一命を取り留めましたが、その手記の内容とは、当時の日本の統一協会の会長であった久保木修己(おさみ)が昭和天皇の身代わりとなって文鮮明を礼拝する儀式を行っているというものでした。そのため、右翼の大物たちは烈火のごとく怒り、それ以降は反共という共通の目的があっても、統一協会と協力することをしなくなりました。
しかしそれまでは、反共を掲げて一致して活動していました。勝共連合が1968年に結成されて以降、児玉誉士夫、笹川良一、岸信介らが、米中央情報局(CIA)の後押しもあり、共に共産主義に対抗しようとしていました。しかしその協力関係が、副島事件以降はなくなったのです。
繰り返しになりますが、統一協会と自民党の関係を衝撃的に描こうと努力しても、それほど大物政治家につながることはないでしょう。政治家ならば【程よい距離】を取ります。どこかでワンクッションを置いていたりするのです。それをもって「関係があった!」と言っても、その【程よい距離】をほじくり返すしかないわけです。直接関係を持つのは、選挙地盤が弱い小物の政治家でしょう。統一協会が接近した大物政治家には閣僚級の人もいますが、たまたまその人に近い知人がいるので話を聞いてみると、「相手が統一協会だと名乗らない別の団体であれば、社交辞令程度のあいさつはする。怪しいからといって、『お前は統一協会だろ!』とはやらない」とのことでした。
統一協会と安倍元総理の関係
では、統一協会と安倍元総理の関係を見るには、どこに目を向けるべきなのでしょうか。統一協会は「報・連・相」が想像以上に徹底している組織で、「上意下達」という言葉がキーワードになります。多数の信者が政治活動に動員されていても、素人が動員されている感は否めず、全体を動かす上位の人間を見るのがよいわけです。
勝共連合のトップであった梶栗玄太郎でしょうか。しかし、彼が編さんした『日本収容所列島』(2010年)を読んでも、彼自身の動きは表向きのもので、また勝共連合はすでに統一協会の関連団体として有名であるため、違うでしょう。日本の統一協会の会長であった徳野英治らも、日韓トンネルで政治的なアプローチを仕掛けてはいますが、やはり統一協会の表の人です。
むしろ、安倍元総理に最もアプローチしていたといえるのは、世界戦略総合研究所所長の阿部正寿(まさとし)だと私は見ています。私はかつて、世界戦略総合研究所が保守系団体として原発などを視察しているのを見て、内心ハラハラしていました。一説には、生前の文鮮明から、彼を中心に日本で基台(「土台」を意味する統一協会の用語)がつくられるとまで言われた人物で、彼が政治分野の中心人物であったといえるでしょう。阿部正寿が統一協会信者であることは、随分前からさらされていて、今は伏せ字にする必要はなくなってしまいました。しかし、10年以上前はネット上でも正体がさらされておらず、一般には知られていませんでした。大病も患い、すでに高齢であることもあり、正体がさらされた後は、その動きも低迷せざるを得なかったはずです。
では、その彼が安倍元総理とどれだけの関係があったかというと、それも片思いに近いものだったでしょう。もちろん、安倍陣営にものすごくアプローチしていたことは想像できます。しかし、著書『安倍政権の強みがわかる日本「精神」の力』(「エマヌエル阿部有國」の名義で執筆、2013年)では、帯で思いっきり安倍元総理の顔を出して広告塔にし、「安倍晋三氏と交流のある著者」と銘打っているわりに、中身では安倍元総理について一切書いていません。統一協会の季刊誌も、安倍元総理がよく表紙を飾っていましたが、これと同じことだとうなずけます。
世界戦略総合研究所の幹部と連絡が取れたため話を聞くと、統一協会自体が内部分裂しており、その幹部本人は「信仰」という意味では方向性を失い、研究所の活動がメインとなり、統一協会の施設には何年も顔を出していないということでした。しかし、彼らはうそをつくので、それも話半分に聞きました。
統一協会は、無償で秘書として働く信者を政治家の元に送り込むため、大所帯の安倍陣営の中には、秘書として潜り込んでいる信者がいたかもしれません。しかし、それをもって安倍元総理と統一協会に関係があったというならば、阿部正寿と知り合った政治家や、秘書として信者を送りこまれた政治家はすべて「関係があった」といえるでしょう。
冒頭に書いたように、統一協会がもたらす悲惨があります。今回の事件には、そのような「キング・オブ・カルト」である統一協会への接近について問題意識のない政治家たちへの被害者たちの憤りという背景があります。一方で、統一協会と安倍元総理、あるいは自民党の関係は、これまで述べてきたように、いくら刺激的に描こうとしても、目につくのは選挙地盤の弱い小物の政治家ばかりとなってしまうでしょう。そうであれば、統一協会と政治家の関係ばかりに焦点を当て続けることは、統一協会問題の本質を逃がしてしまい、「心のレイプ」の被害者たちを置き去りにしてしまうことになるのではないでしょうか。
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