日本基督教団涌谷(わくや)教会(宮城県涌谷町)が設立した「涌谷保育園」(社会福祉法人涌谷みぎわ会運営)で、同教会元牧師で法人理事長の瀧澤雅洋氏によるモラルハラスメントを訴えていた職員のうち17人が9日、退職届を提出した。
退職予定の職員らが保護者などに表明した「お詫びとお知らせ」によると、同園の保護者会は3月末、当時園長だった瀧澤氏の退任を求める署名を提出。瀧澤氏が退任しない場合は、職員らが集団退職する意思を表明した。これを受け瀧澤氏は「自分が園長を退く代わりに、職員に戻ってきてほしい」と述べ、園長退任を約束した。
そのため職員らは集団退職をとどまったが、瀧澤氏は4月末、園長は退任したものの「施設管理者」というポジションを新設し、それに自身が就任すると発表した。社会福祉法は「社会福祉施設には、専任の管理者を置かなければならない」(66条)と規定しており、「施設管理者」の存在が社会福祉法人認可の条件の一つとなっている。しかし一般的には、保育園における施設管理者とは園長を指す。瀧澤氏は、職員らの要求を形式的に受け入れ、法人理事長、また実施的には園長と変わらない「施設管理者」として園に居座り続ける形を取った。
さらに瀧澤氏は、降園時間に保護者が行き来する園付近のコンビニで飲酒する姿が何度も目撃されており、涌谷町議会でこれが問題提起される事態も起きた。(関連記事:モラハラで解任の元牧師、保育園長退任後も園近くで飲酒繰り返す 町議会も問題視)
瀧澤氏はこの後、10月30日に新しい園長の着任を告知。職員には「当日まで誰が来るか分からないが、県庁のご推薦なので断れない」などと説明していた。職員らは園長一人の就任を想定していたが、11月1日には新園長と主任2人が就任。着任する3人を紹介する際も瀧澤氏は、新園長が県庁からの推薦であることを強調していたという。
しかし本紙が、保育園事業を監督する宮城県子育て社会推進室に問い合わせたところ、県では、園長の推薦や斡旋、紹介などはしていないと説明。県として、涌谷保育園の人事に関与したことはないという。
新しく就任した3人は、職員ら17人が3月末に集団退職の意思を示した際、別に辞職した元職員らで、就任後は瀧澤氏の側に立ってハラスメントをするようになったという。新園長らは「私たちが来たから、先生たちはお給料がもらえるんだからね」「園長がいないんじゃ、補助金が下りないんだから」などと発言。ある職員に対しては、机を開け渡すよう求め、職員がどこで仕事をすればよいか尋ねると、別の職員と2人で1つの机を使えばよいなどと応じた。さらに、急な席の移動命令に衝撃を受け泣き出した職員に対し3人は、「感情的で話にならない」「何を泣いているのか」などと嘲笑しながら語ったという。
瀧澤氏の行動も悪化し、労使交渉をしていた職員らの行動を「違法行為」「犯罪」などと呼び、「裁判沙汰」「次やったら警察を呼ぶ」などと述べ、職員らに圧力を加えたという。職員らは「ここまで威圧的に見下げられ、だまされ、常に法律や罰則に縛られて、これからどうやって働くことができるでしょうか」と訴える。
地元の河北新報によると、瀧澤氏はハラスメント行為を否定している。しかし、この問題のために職員らが組織した労働組合によると、2015年4月に園長に就任して以降、保育士を大声で怒鳴ったり、特定の職員を無視したりする行為を繰り返していたという。
労働組合によると、16年9月に保育士が合同礼拝の日程について瀧澤氏に確認を取ろうとした際には、「そういうことは私にお伺いをたてなければならないでしょう。あなたが勝手に決めることですか」と突然激怒。保育士が勝手に決めたわけではないと述べても、聞く耳を持たず一方的に攻め、以前の話を持ち出すなどして「あなたはうそをつきましたよね。うそをつきましたね」と何度も繰り返して詰め寄るなどした。
18年9月には、理事を兼任していた職員に対し「先生は、仕事ができないので理事の辞任願いを書いてください」と要求。職員は納得がいかず応じないでいたが、毎日要求を繰り返し、最後には保育士3人の実名を挙げて「先生は仕事ができないと言っています」と言ってきた。そのため仕方なく辞任願いに署名したが、後で瀧澤氏が名前を挙げた保育士3人に確認すると、3人はそのようなことは言っていないと否定。しかし瀧澤氏は19年5月の理事会で「保育に専念したいという理由で辞任願いが出ている」と報告。職員は自身の意志に反して理事を辞めることになった。
19年1月には、職員が瀧澤氏にインフルエンザに関する園便りを園児が降園する前に確認してほしいと頼むが「今、大事な用があるから見られない」と断り、1時間後に再度依頼しても拒否。降園時刻間際に頼むと渋々確認し、「先生の態度には、恐怖を覚えた。先生は嘱託なので、上司は言うことを聞かない人をクビにできるんですよ」と語ったという。
この他、エアコン清掃の業者が保育に支障のない土曜日に牧師館下の保育室で作業を行っていると上から「うるさい」と怒鳴ったり、打ち合わせに参加予定だった保育士を当日になって退出させたりすることもあったという。また、保育士を外部業者の面前で「先生はこんなこともできないのですか。もう一度初任者研修を受け直したらいかがですか」と叱責したり、同僚の保育士や園児、実習生の前で叱責したりしたこともあった。子どもがいる前で職員に大声で詰め寄り、子どもが泣き、部屋を移動させたこともあったという。
職員によって、あいさつする人と無視する人を区別したり、敬称も「先生」と呼ぶか「さん」と呼ぶかを使い分けたりし、保育士が会議前の祈りをしているときに共に祈らず無視することもあったという。
17人が集団退職の意思を示した後の4月は、事務員に「子どもが死にそうな時のみ連絡を入れるように」と言い残し、ほぼ1カ月間ほとんど園に姿を表さなかった。後に瀧澤氏は、「この1カ月は、一斉退職を企てた人々を訴える準備をしていた」と説明したという。
労働組合の職員らは、これまで経験した数々の苦しみや理不尽な扱いを訴えようにも、瀧澤氏が常に言う「懲戒処分」「犯罪者」「損害賠償を請求する」などの言葉が脳裏をかすめ、訴えられなかったという。
職員らは主に、瀧澤氏による精神的な嫌がらせであるモラルハラスメントを訴えているが、厚生労働省はパワーハラスメントについて、①優越的な関係に基づいて行われる行為で、②業務の適正な範囲を越え、③身体的もしくは精神的な苦痛を与え就業環境を害することとし、3つの要素を基に定義している。その上で、①身体的な攻撃、②精神的な攻撃、③人間関係からの切り離し、④過大な要求、⑤過小な要求、⑥個の侵害の6類型を提示。企業で実際に生じたパワーハラスメントまたはそれが疑われるケースとして、「精神的な攻撃」では「大勢の前で叱責する」「指導の過程で個人の人格を否定するような発言で叱責する」ことを、「人間関係からの切り離し」では「ある社員のみを意図的に会議や打ち合わせから外す」ことなどを挙げている。
6月には労働施策総合推進法が改正され、パワーハラスメント防止措置が大企業の事業主の義務となった。中小企業では2022年4月から義務化されるが、それまでは努力義務とされ、厚生労働省は早めの対応を呼び掛けている。同改正ではハラスメント防止措置を取らない事業主への刑事罰は規定されていないが、厚生労働省はパワーハラスメントを受けた被雇用者が雇用主を民事訴訟し、事業主に損害賠償命令が下された判例を事例別に掲載している。