熊本県南部を中心とした大雨被害を受け、神戸国際支縁機構は4日、被災地に現地入りし、土砂崩れや道路の崩落など大きな被害が出た同県芦北町や、市中心部を流れる球磨(くま)川の氾濫により甚大な洪水被害を受けた同県人吉市などを訪れ、今回の大雨被害の1回目となるボランティアを行った。
球磨川の氾濫が伝えられた4日朝、熊本県内の病院に勤務するボランティア経験者の女性から情報を入手し、村上裕隆代表、岩村義雄理事長、ボランティアの本田博之さんの3人が、500食分の食料をワゴン車に積み込み神戸市を出発。3人で交代しながら運転し、この日のうちに熊本県芦北(あしきた)町に到着した。「SNSに『助けて』の声。当日、下唇をかみながら現地に向かいました」と岩村氏は言う。
芦北町役場では、藤崎正司副町長、岩田繁義教育長、福田貴司総務課長と面会。町全体の地図を見せてもらいながら被害状況を聞いた。「不眠不休を覚悟されている姿には頭が下がりました。いかに被災状況の把握が困難か伝わります」と岩村氏。「芦北町で生まれ育ち、初めて経験する未曾有の艱難辛苦に真剣に取り組んでおられるパトス(情熱)が伝わります。役場が一丸となっていました」と話す。
民家2戸が土砂崩れの下敷きになった芦北町田川の牛淵地区には、この日の午後8時過ぎに訪れた。その時はすでに、消防隊員が入江竜一さん(42)と母親のたえ子さん(69)、また隣家の堀口ツギエさん(93)をブルーシートに包んで搬出した後で、もう1人を懸命に探索している最中だった。NHKによると、今回の大雨では7日午後8時半までに、熊本県を中心に56人が死亡、1人が心肺停止、11人が今も行方不明となっている。
5日は、岩村氏と交流のある土生(はぶ)神社(大阪府岸和田市)の阪井健二宮司の依頼を受け、国宝にも指定されている青井阿蘇神社(人吉市)を訪問した。神社の正面にある蓮池には乗用車が転倒して串刺しになり、真っ赤な欄干も無残に倒壊していた。福川義文宮司(56)によると、4日朝5時に神社で日供(にちぐ)するときは問題なかったが、急に増水してきたため、急いで帰宅し自宅2階に避難。しかし2階に上っても膝まで水が迫ってくるほど水位が上がったという。
他にも、交流のある金光教木山教会(熊本県益城町)の矢野正紀教会長の依頼を受け、金光教の太良木教会(同県多良木町)と鏡教会(同県八代市)を訪問。また人吉市の高野寺も訪れ、被害状況を確認した。高野寺は敷地内を土砂が覆い、大きな被害を受けていた。
神戸国際キリスト教会の牧師である岩村氏は、「『寺院消滅』『神社消滅』、またキリスト教会においても『無牧』が叫ばれる時代です。排除的な傾向があれば、どんなに全国的な組織を持って活動し、知名度が高くても、結局は狭量な原理主義といえるでしょう。無宗教社会の日本では、口先だけの隣人愛はすぐに見破られます。むしろ進んで寺院や神社を訪れ、異教徒の信心の館にも愛を拡大すべきです」と話す。
1級河川である球磨川の氾濫により、人吉市内は、濁流で流された自動車があちらこちらに横転し、道路は土砂で覆われ、家屋の残骸が散在し、街灯には流された木々の枝葉などが巻き付くように残っていた。
岩村氏らは球磨川上流の市房ダム(1960年建設)も訪れた。人吉市内ではダムを問題視する声は少なかったが、5日もダムの減勢池は濁流が渦巻き、多量の泥水を放流しているとしか考えられない状況だったという。「ダムは数年で泥などが堆積します。決壊を防ぐために、人吉方面へ流しているとしか思えない勢いでした。なぜ人吉市の人たちは国交省側の言い分を信じているのか不可解です」
人吉市の市街地はほぼ全域が泥で覆われたような状態で、何よりも「マンパワーが必要です」と話す岩村氏は次のように提言する。
「昨年の台風19号の時と同じように、被災地ではボランティアではなく、家族・親戚・友達が総出で泥をかき出しています。高齢化の日本で、不慣れな作業をなさっている高齢者を見るのはしのびありません。しかし被害が広域にわたる場合、被災地にボランティアセンターができるまで、がれき撤去などに取り組むのは、やはり隣人・家族になります。これからの時代のボランティアは、1番目に『受縁力』、2番目に民間ボランティアセンター、3番目に災害救助法の説明・手続きを本来の『公共』である市民が担うことが必要だと感じます。3つのことを人任せにするのではなく、自立した市民それぞれが、隣人愛に基づいて扶助し合うコミュニティーをつくる転換点です」