日本の宗教者と国会議員が27日、参議院議員会館で会合を開き、核兵器廃絶に向けた共同提言文を発表した。新型コロナウイルスの影響により、テレビ会議サービスを通じての参加者も多くいたが、宗教者からは、日本カトリック司教協議会会長の髙見三明大司教や日本聖公会管区事務所総主事の矢萩新一司祭を含め9人が参加。国会議員からは、外務副大臣の鈴木馨祐(けいすけ)衆院議員(自民)を含め、自民、立憲、公明、共産、国民の声の各党・会派と無所属から11人が参加した。
提言文を共同で発表したのは、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会と核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)日本。両団体はこれまで2015年と19年の2回、共同提言文を発表しており、今回で3回目。この日は本来、米ニューヨークの国連本部で「核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議」が始まる日だったが、会議は新型コロナウイルスの影響で延期。しかし「核軍縮の努力は延期されてはならない」として、当初の予定通り提言文を発表した。
提言文では、依然として地球上に1万3800発余りの核兵器が現存していることや、新たな核兵器開発の姿勢を示す国が存在している状況を憂慮。今年1月に米科学誌「原子力科学者会報」が発表した「終末時計」が、史上最短となる午前0時(世界の終末)まで残り100秒を示したことに触れ、核軍縮交渉の枠組みの行き詰まりを指摘した。
一方、昨年11月、ローマ教皇フランシスコが被爆地の長崎と広島を訪問したことは、「核兵器のない世界を創造するための希望のともし火となった」と評価。武器の製造などのために多額の費用を使うことを「天に対する絶え間ないテロ行為」と非難し、「核兵器を保有すること自体が倫理に反している」「戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもない」と訴えた教皇の言葉を引用した。
その上で、日本の政府に対し、核抑止政策に関する幅広い議論を要請。核兵器に関わるさまざまな問題点を挙げつつ、「本当に人々の生命や生活を守るために必要な政策が一体何なのかについて検証されるべき」と訴えた。
また、2017年に国連の会議で採択された「核兵器禁止条約」について、すでに世界81カ国が署名、36カ国が批准し、近い将来に条約発効が見込まれていることに言及。国内の世論調査でも国民の6割以上が支持していることに触れ、「唯一の戦争被爆国である日本がこの条約を支持することを国際社会が期待していることに疑いの余地はない」と強調した。その上で政府に対しては、即座に同条約支持に方針転換できないまでも、条約発効後1年以内に招集される「締約国会合」にオブザーバーとして出席することを強く求めた。
会合には、WCRP日本委からは、髙見三明(カトリック)、中村憲一郎(立正佼成会)、徳増公明(イスラム教)、神谷昌道(アジア宗教者平和会議シニアアドバイザー)、矢萩新一(聖公会)、黒住昭子(黒住教)、石川清哲(本門法華宗)、篠原祥哲(よしのり)(WCRP日本委事務局長)、橋本高志(同平和推進部副部長)の各氏が参加。
PNND日本からは、衆院議員の鈴木馨祐(PNND日本事務局長、自民)、近藤昭一(同副会長、立憲)、本多平直(立憲)、山内康一(立憲)、小倉將信(まさのぶ)(自民)、森山浩行(立憲)の各氏と、参院議員の平木大作(公明)、白眞勲(はく・しんくん)(立憲)、井上哲士(さとし)(共産)、藤末健三(国民の声)、平山佐知子(無)の各氏に加え、相談役の梅林宏道氏(NPO法人ピースデポ特別顧問)が参加した。
提言文は政府に提出するほか、両団体に関係する宗教者や政治家、NPO、NGO、学者らにも共有する。発表された提言文は以下の通り。
WCRP日本委員会とPNND日本による
核兵器廃絶に向けた共同提言文本年4月27日から5月22日にかけてニューヨークの国連本部で開催予定だった「核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議」が、新型コロナウイルス(COVID−19)の世界的流行の影響で延期され、「遅くとも2021年4月までに」開催されることになった。世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会と核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)日本は、「NPT運用検討会議は延期されたとしても、『核軍縮の努力』は延期されてはならない」との信念に基づいて、当初の予定通りに今回の共同提言文を発出することとした。
NPT運用検討会議は、核兵器の拡散防止のみならず、核軍縮を進めるために至極重要な会合である。だからこそ、PNND日本とWCRP日本委員会は、核兵器廃絶に向けての政治・立法的アプローチと倫理・道義的アプローチからの協働の重要性を認識しつつ、2015年と2019年の過去2回にわたり共同提言文を発出してきた。我々は今回、昨今の核兵器に関わる国際情勢が、本年ほど危機的状況にある年はないとの共通認識のもとに、第3回目の「共同提言文」を公にするものである。
広島、長崎に原爆が投下されてから、今年で75年を迎えた。原爆の投下によって数十万人が犠牲となり、今でも多くの被爆者の方々が後遺症に苦しんでいる現実が示すように、核兵器の使用によって起こる壊滅的な人道的結末は、過去の歴史ではなく現代の脅威なのである。しかしながら、「再び被爆者をつくらない」という信念で取り組まれる被爆者の方々の筆舌に尽くしがたいご努力にもかかわらず、依然として地球上には13,800発余りの核兵器が現存している。さらに、新たな核兵器開発の姿勢を示す国が存在している状況に憂慮の念を禁じえない。
2020年1月に米科学誌が発表した「終末時計」の針が、午前零時(世界の終末)まで残り100秒となった。今回の時刻設定は、1947年の開始以降で最も終末に近く、人類の滅亡がまさに目前に迫っているとの危機感の表れである。昨年8月に、当時の米ソ首脳の政治的決断によって成立した中距離核戦力(INF)全廃条約が失効してしまったことや、2021年2月に有効期限を迎える新戦略兵器削減条約(新START)の延長問題の先行きが見えないことなどが、その判断の要因として挙げられよう。中国を交えた新たな核軍縮の枠組みが模索されるものの、その提案に中国政府は関心を示していない。現在の国際社会においては一部の国々に自国優先主義がはびこり、多国間における核軍縮交渉の枠組みが行き詰まりの様相を呈しているのだ。
一方、昨年11月のローマ教皇フランシスコの長崎と広島への訪問は、核兵器のない世界を創造するための希望のともし火となった。ローマ教皇は、武器の製造、改良、維持そして売却に多額の費用が使われていることは「天に対する絶え間ないテロ行為」、「核兵器を保有すること自体が倫理に反している」と語り、かつ、「戦争のために原子力を使用することは、現代において、犯罪以外の何ものでもない」と訴えた。また、ローマ教皇の長崎・広島訪問から3ヶ月ほど先んじた昨年8月、ドイツの地方都市リンダウで開催された第10回WCRP世界大会の宣言文で謳われた「他者と自己の幸福は本質的に共有されるものである」という哲理は、ローマ教皇の発言と同様に、核兵器廃絶への地球市民の共感を呼び起こし、世界の為政者に対しては、核兵器の存在が絶対悪であることを伝えるメッセージとなった。
他方、核兵器のない世界を創造するという崇高な理想は、上記のような倫理的・道義的側面にとどまらない。今から約24年前に国際司法裁判所(ICJ)が、「核兵器による威嚇もしくはその使用は、武力紛争に適用される国際法の諸規則(中略)に一般的に違反する(後略)」との勧告的意見を発出したことからも明らかな通り、核兵器の廃絶は、法的な側面からも追求されなければならない課題である。だからこそ、核兵器の廃絶に向けて、宗教者と政治家が大きな役割を果たしていかなければならないのである。
そうした決意のもと、我々は、日本政府に対して、以下の通り提言する。
信ぴょう性の再検証が求められる核抑止政策
2019年の共同提言文でも謳われているが、核抑止政策についてすみやかに幅広い議論が行われることを、再度要請する。核兵器の「抑止力」を前提とする核抑止政策であるが、一方で、核兵器保有国間の相互不信の高まり、新たに核兵器の保有を目論む国や管理体制や透明性に問題がある国の存在、低出力の核弾頭の開発と配備によって核兵器使用の敷居が低くなりつつある可能性、さらには核の誤爆、盗難、事故の可能性の高まりなどの今日的状況を鑑みれば、本当に人々の生命や生活を守るために必要な政策が一体何なのかについて検証されるべきである。我々国会議員と宗教者は、率先して再検証のための対話の場をつくることに努めたい。また核抑止政策を再検証する際には、「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」が「困難な問題」として指摘した「国家が、(中略)生存を脅かされると結論づける場合、最後の手段として核兵器を使用することは合法的であるか、また適切であるか」との問題提起が留意されるべきであり、場合によっては、「3番目の被爆都市が生まれること」を許容する可能性がある非人道的な結果を招きかねないことを念頭におくべきであると強く主張したい。
「究極的な目標としての核廃絶」と核兵器禁止条約
2017年に国連での会議で採択された核兵器禁止条約は、現在、世界の81カ国が署名、36カ国が批准し、近い将来の条約発効が見込まれている。昨年12月に日本放送協会(NHK)が実施した世論調査で、66%の国民が「参加すべき」と回答したという事実を日本政府は真摯に受け止め、核兵器禁止条約が、日本政府が標榜する「究極的な目標としての核廃絶」に有用であるかを含め検討すべきである。被爆者に対してもたらされた容認しがたい苦しみに留意し、かつ、被爆者の方々の努力を認識するこの条約が採択されたという背景から考えると、唯一の戦争被爆国である日本がこの条約を支持することを国際社会が期待していることに疑いの余地はない。日本の政治家と宗教者である我々は、日本政府が、本条約支持へと即座に方針転換できないまでも、この条約が発効後1年以内に招集される「締約国会合」にオブザーバーとして出席することを強く望みたい。本条約はNPTと対立・矛盾する条約ではなく、むしろNPT第6条の核軍縮義務を強化・補完するものであり、「究極的な目標としての核廃絶」を実現するために欠かせない法的枠組みである。「究極的な目標としての核廃絶」に向けた具体的な方策を講ずることを強く要求する。
取り組むべき喫緊の諸課題
我々は、いわば最期の訴えとの覚悟で「ヒバクシャ国際署名」活動に奮闘されている被爆者の方々に敬意を表し、連帯をより強化するものである。また、いくつかの国で軍拡が続くなど政治的な不安定要因が多く存在する今日の北東アジア地域において、長年、PNND日本が取り組んできた「非核兵器地帯構想」の早期実現に向けて一層の努力を傾けていきたい。さらにAIロボット兵器の開発、宇宙空間の軍事利用、新たなミサイルの開発など、我々が理想とする世界に逆行している現状に対して警鐘を鳴らしたい。本来人々の幸福のためにあるべき科学技術が兵器開発などに利用されるという昨今の状況に対して、倫理的、人道的な責任を宗教者と国会議員は痛切に自覚し、これらの防止に向けた役割を果たすものである。有史以来これまで、人類は戦争の歴史をたどってきたという主張があるが、しかし一方、人類は、戦争を管理、規制、批判しながら「戦争の違法化」に挑み続け、ついには「非戦」の思想にたどり着いた。その過程は、平和な社会実現へのたゆまぬ希求と努力の積み重ねであった。我々は人類が紡いできたこの歴史の歩みを、さらに前進をさせるべく、「核兵器なき世界」の実現に力を尽くす決意を新たにする。
2020年4月27日
参議院会館にて合意