世界的な聖書翻訳団体である「ウィクリフ・アソシエイツ」(WA、本部=米フロリダ州オーランド)が、これまでに類を見ない新約聖書を出版した。この新約聖書は、新しく開発した概念理解型の表記法で表記されており、世界中の耳や目の不自由な人たちに福音を伝えることを目的としている。
SUN(Symbolic Universal Notation=普遍的象徴表記法)と呼ばれる新しい表記法は、ウィクリフ・アソシエイツが4年を費やして開発したもので、1週間もあればその基礎を理解でき、読み始めることができるという。シンボルを用いて聖書の内容を表現するもので、社会との意思疎通が困難な聴覚障がい者や視聴覚障がい者に効果的に福音を伝えることを目指す。
「私はこれまでに、このようなものを見聞きしたことがありません。聖書翻訳で類を見ないものです」と、SUN開発責任者のロリ・ジェンキンス氏は語る。「私たちがした作業は、基本的に新約聖書の内容を取り込んで、それを各節、各章の主要な概念に分解するということでした。一つ一つの概念を表現するために、シンボルを作りました」
昨年完成したSUN新約聖書は、今年2月下旬にオーランドで行われた奉献式で公表された。
ジェンキンス氏によると、ウィクリフ・アソシエイツはこれまでに、聴覚障がい者が読解できるSUN新約聖書の印刷を完了し、現在は視覚・聴覚の両方に障がいのある人も読解できる3Dバージョンの作成に取り組んでいる。
SUNは、それ以外の方法では福音に触れられないかもしれない約5600万の人々に福音を伝えることのできる可能性がある。SUNを最初に考案したのは、当時ウィクリフ・アソシエイツのオンデマンド印刷プロジェクトでボランティアとして働いていたエミリー・ワンさん。ワンさんは、耳と目の両方が不自由な人たちが世界に60万人余りいることを知り、SUNの開発を思い立ったという。
ウィクリフ・アソシエイツは、世界に7千万人の聴覚障がい者がおり、そのうちの約8割が現地の手話では意思疎通できないと推定している。
「教育を受けることができるのは、世界の聴覚障がい者の約2割だけです」とジェンキンス氏は話す。「ですから、問うべきことは、『まったく教育を受けていない人たちに、どうやって聖書を提供するか』であり、SUNこそがその問いの答えです」
ワンさんは、視覚と触覚の両方で読み取れるシステムの構築を目指した。中国系米国人のワンさんは、標準中国語の簡体字で用いられているシンボルにヒントを得て、普遍的に理解できるシンボルを思いついたという。
全米にいる約400人のオンライン・ボランティアが、聖書中の教えを表すシンボルを作成し、約1年半を費やしてSUN新約聖書を制作した。
SUN新約聖書は「アンロックト・リテラル聖書」(ULB、英語)を底本にしている。ULBは、アメリカ標準訳聖書(ASV)を基に、原語の語彙的・文法的構造をより分かりやすく翻訳した著作権フリーの英訳聖書。
ウィクリフ・アソシエイツの聖書翻訳コンサルタントであるジョン・ルトン博士は、SUN新約聖書のルカによる福音書を監修しており、「この聖書は、私が今まで取り組んだ中で最も優れたものの一つです」と語った。
SUN新約聖書を読むに当たり、読者は初めに、基礎となる100種類のシンボルを学ぶ必要がある。そしてその後、それぞれのシンボルの組み合わせがどのような意味を持つのかを学んでいくことになる。
「聴覚障がい者には、基本的に視覚で読むように指導しています」とジェンキンス氏は話す。「3日から5日あれば、読めるようになります。多くの人は、基本的に3日以内でマルコによる福音書1章を読み始めています。読者たちが尋ねてくるのは、『このイエスというお方を知るには、どうすれば良いでしょうか。どうすればこのイエスというお方を、私の心に迎えることができるでしょうか』というものです。こうして多くの人をキリストに導くことができました」
ジェンキンス氏によると、SUNはこれまでに9カ国で試されており、それとは別に約16カ国で紹介されている。
「このアイデアは基本的に、聴覚障がい者や、視覚・聴覚の両方に障がいのある人と仕事をする人たちを一つに集めることが狙いです。私たちが(SUNを)教えるのは、そうした方々です」とジェンキンス氏は説明する。「私たちは一つの国へ行くと、そういう方々に、SUNを聴覚障がい者と視覚・聴覚の両方に障がいのある人に教える方法を教えています。そして、その方法を受け取って自国に広めることは、その方々に任されています」
ウィクリフ・アソシエイツによると、SUNは、単語や文字システムに頼らない概念理解型の表記法であるため、習得に何年もかかる点字よりも習得が容易だという。
「その概念については、すでにお分かりだと思います。シンボルと概念を結び付けるのを学んでいるだけなのです」とジェンキンス氏は続け、「私たちは、自国の手話を学んだことのない聴覚障がい者と接しています。その方々は、SUNと自国の手話を同時に学べるワークショップに参加しています」と説明する。
「その方々は実に2つの言語を同時に学んでいるのです。私たちが目の当たりにしているのは、その方々の世界が開かれて、周囲の多くの方々とコミュニケーションできるようになることであり、その方々がすでに習得している手段で神の言葉に触れているという事実です」
今年は、新たに40カ国にSUNを導入するのが目標だが、新型コロナウイルスによる渡航自粛の影響を受ける恐れもある。
「SUNに注目する団体は他にも幾つかあります。それらの団体は言っています。『この国で子どもたちを教える場合、私たちはこのような形でSUNを使うことができそうですね』と。さまざまな国や人々に伝道できる可能性がSUNにはあります。聴覚障がい者だけでなく視覚・聴覚の両方に障がいのある人にも、また、自閉症の子どもや自分で意思を伝えられない方々についても考えられます。そういった方々に伝道できる可能性がSUNにはあるのです」
ウィクリフ・アソシエイツは現在、旧約聖書のSUN化に取り組んでいる。ジェンキンス氏によると、旧約聖書の概念を表現するには、新約聖書の約2倍のシンボルを新たに作成する必要があるという。
「今後、このシンボル形式がどれだけ広まるか私には分かりません。倍増するかどうかも私には分かりません」とジェンキンス氏。しかし期待を示しつつ「でも、倍増する日はかなり近いかもしれません」と続けた。