本紙をめぐる一連の「異端捏造事件」で、「ホンダ」の偽名を使ったり「脱退者」としてメディアに登場したりして騒動を起こした中橋祐貴氏(「異端カルト110番」編集長)が、今度は異端疑惑の証拠とされる聖書講義のノートを自身で書いたと述べ、事実上の「捏造」であったことを認めた。また、中橋氏がその「捏造ノート」を、韓国の主要教団から「反キリスト教メディア」として調査されている「ニュースNジョイ」に提供した現場には、根田祥一氏も同席していたという。さらに驚くことに、事実上のノート捏造を真っ先に認め釈明したのは、中橋氏本人ではなく、中橋氏を背後で主導していると疑われている根田氏だった。これにより、根田氏の主導性がより鮮明となり、一連の事件が新局面を迎えることになった。
異端捏造事件、これまでの経緯
この事件が表面化したのは2006年、ある一人の牧師が自身のブログで本紙の「異端疑惑」を提起したことがきっかけだった。しかしこの牧師の主張に対しては、東京地裁で46箇所の表現について名誉毀損が認められ、該当表現の削除と95万円の損害賠償が命じられ、この判決に被告は不服申し立て(控訴)せず、判決が確定。事態は一段落したかのように見えた。しかしそれを「再燃」させようとしたのが、他でもない、本紙のほぼ完全勝訴だった裁判を、当時編集長だったクリスチャン新聞で「引き分け」と報じた根田氏だった。日本ではここ1、2年、幾つかの教団やキリスト教団体を巻き込み、異端疑惑を示す新たな証言者や証拠が出てきたかのように騒ぎ立てられたが、結局そのほとんどは、裁判で敗訴した牧師が10数年前に提起した疑惑以上のものではなかった。根田氏は海外においても、この過去の問題を焼き回しして疑惑再燃を試みたようだが、現在それはほとんど不発に終わってしまったようだ。
中橋氏による多様かつ多数の不正行為
この「疑惑再燃運動」で登場してきたのが、中橋氏だった。中橋氏はニュースNジョイとの取材では、「これまでに脱退者30人以上に会った」とさえ豪語していた。しかし実際は、何らかの事情があって教会に通わなくなった人たちを探し出し、間違った前提条件の下で誘導する質問をするなどし、自分が異端もしくはカルトの被害に遭ったかのように思い込ませる「カルトプログラミング」を、多くの人に行っていたことが明らかになっている。
また昨年10月には、現在信徒暴行問題で所属宣教会から調査を受けている異端カルト110番代表の張清益牧師と共に韓国に渡り、「ホンダ」の偽名で本紙元スタッフとして取材に応じたり、「脱退者」としてテレビ出演したりしたが、結局一人二役が明らかになり、それが理由で今年2月には当時所属していた日本のキリスト教団体からも職を追われる結果となった。
こうした中、注目を集めたのが、ニュースNジョイに昨年12月に掲載された「脱退者が聖書の講義を聞きながら手書きした」とされるノートだった。ノートの画像が公開されてからすぐに、その内容に違和感を覚えた一部の牧師らの間では、捏造を疑う声が出ていた。そのため本紙は、法務省や検察なども委託する「法科学鑑定研究所」(東京都新宿区)に、類似性が疑われた中橋氏の自筆とノートの筆跡の鑑定を依頼。2つは「同一人の可能性が高い」という結果が出た。この鑑定結果を本紙編集長が運営する「カルトウォッチ」で公表したところ、押し出されるように出てきたのが、根田、中橋両氏による事実上のノート捏造の「自供」だった。
中橋氏がすべき釈明を代行する根田氏
鑑定結果公表3日後、最初に口を開いたのが、中橋氏本人ではなく、根田氏だった。中橋氏の「ノート捏造」を問題視する牧師のブログの記事にコメントする形で、根田氏は取材現場に同席していたことを認めた上で、以下のように述べている。
「イ・ヨンピルさん(ニュースNジョイ記者)の質問に答えて、元信者の方がこれと同じ図をホワイトボードに書いて説明しました。イ・ヨンピルさんはその図も写真に収めていたと思いますが、結果的に記事に使ったのは中橋さんが説明のために筆写したノートのほうでした」
その大胆な言い訳もさることながら、まず初めに、ノートの執筆者であり本来釈明をするべき立場の中橋氏に代わり、根田氏が先に釈明の場に出、証拠ノートの捏造という重大問題に開き直った態度に出たことが、関係者に驚きを与えた。なぜ中橋氏ではなく、根田氏が先に釈明し中橋氏を擁護するのか。この「ノート捏造」の首謀者が、根田氏ではないかという疑惑すら生じてしまう。
矛盾する根田、中橋両氏の説明
ニュースNジョイが明確に「脱退者が聖書の講義を聞きながら手書きした」として報じたノートを、実は中橋氏が「筆写したノート」だったという根田氏の言い訳は、かなり無理があることは一目で分かるが、根田氏自身の過去の発言と比べても大きく矛盾する。根田氏は昨年12月に報道があった当時、このノートについて「Kさんではない他の脱会者の方のノート」と断言。さらに脱退者の一人をBさんと呼び、その所有ノートを「Bノート」と呼称。「Bノートは最近カミングアウトした脱会者から提供されたものです」「BノートはKノートと違って、脱会者がご本人の意思で提供してくださっています」と、脱退者(脱会者)本人によるノートの前提で説明していた。このような説明をしていながら、筆跡鑑定公開後に「実はノートは中橋氏が筆写したものでした」という言い訳が通るだろうか。
さらに根田氏に続いて釈明した中橋氏は、「私の字体ではないかと指摘するノートは元信者さんが当時の教えを整理したものを私が説明するために本人のものに加筆したものです」と述べている。中橋氏の説明では、このノートは「(脱退者)本人のものに(中橋氏が)加筆したもの」となっており、「筆写したノート」とする根田氏の最近の説明とも、「最近カミングアウトした脱会者から提供されたもの」とする根田氏の過去の説明ともまったく整合性が取れない。異端疑惑の重要な証拠となるノートに関して、根田、中橋両氏の2つの口から、実に3つの食い違う説明が出てきたことになる。ジャーナリスト歴40年の経験を誇示する根田氏、異端やカルトの「正しい情報」を提供するという異端カルト110番編集長の中橋氏は、この矛盾について明確に説明する責任が問われている。