高知県の香美市土佐山田町に、博愛園という児童養護施設があります。この博愛園は、坂本龍馬の姪で岡上菊栄(おかのうえ・きくえ)という方が最初の園長を務めた施設です。岡上菊栄は坂本龍馬の姉乙女(おとめ)の子どもとして生まれ、厳しい教育を叩き込まれ、武士的な生き方を教え込まれたようです。父親が岡上樹庵といって、高知城藩主山之内家の御殿医でありました。この岡上樹庵が聖書を読んでいたのでした。多分、隠れキリシタンであったと思われます。
菊栄は14歳で高知英和女学校に入学しています。現在の清和学園です。アニー・ダウド宣教師が校長を務めていたときのことです。学費が続かなかったために半年ほどで退学を余儀なくされたのですが、ここでの生活の中でキリスト教信仰の影響を受け、洗礼に至ったと思われます。アニー・ダウド宣教師も岡上菊栄も共に、社会の中であまり顧みられない子どもたちの救済のために身をささげた方々で、その2人が教師と生徒として同じ学校にいたということには大きな意味があったように感じます。
岡上菊栄は1867(慶応3)年に高知市で生まれ、明治26年から41年まで高知県県下の8校ほどの小学校の教師をして、明治41年、本人が41歳の時、小学校教師を退職し、夫と5人の子どもがいたけれど、明治44年に児童養護施設・博愛園の初代園母として単身赴任しました。それ以来、戦後の昭和22年に召されるまで40年間、多くの身寄りのない子どもたちの看護、掃除、洗濯、教育などの奉仕に専念されました。
坂本龍馬は大変有名でありますが、その親戚の中にこのようなクリスチャンがいたということ、そして、孤児や身寄りのない子どもたちを自分の子どものように愛して何百人も立派に育て上げたということは、意外と世間にまだあまり知られていないのではないかと思います。このコラムでこれからしばらくの間、この岡上菊栄という女性の生涯について見てみたいと願っています。菊栄についての資料は多くはなく、本コラムの内容は武井優という著者による『龍馬の姪・岡上菊栄の生涯』(鳥影社出版、2003年)に専ら寄るものであります。
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