自殺願望というのは、実に厄介なものです。オレンジゴスペルを企画したことで、うつ病は吹っ飛んだと前回書きましたが、心の病気はそう簡単に治るものではありません。大きなけがをしたときと同じで、後遺症が残るのです。ちょっとしたことでネガティブな感情になりますし、うつ病がまた復活するのではないかという恐怖もあります。また「長生きはしたくない」といまだに思っています。
しかし、そんな状態でも聖書を学んでいると、ネガティブな感情をポジティブに転換できるから不思議です。悩み事があったとしても「仕方がないことは天に委ねよう」とか、将来に不安があっても「とりあえず肉体があるうちにやりたいことはやっておこう」などと、考え方を変えることができるのがその例です。一度は神様から離れた私ですが、やはりクリスチャンになって良かったと思います。最終的には天に救いを求め、祈ることができるからです。逆に信仰のない人は、どうやって克服しているのだろうかとも思います。
オレンジゴスペルを8年間やっていて、こんなご意見を時々頂きます。「子どもの虐待という深刻なテーマを使ってコンサート?」「音楽と虐待防止のどこに接点があるんだ?」などの否定的なご意見です。大体、こういったご意見を出す方は40代以上の方です。10~20代の方はまったくその逆で「音楽で社会問題を解決しようという試みはカッコいい!」と言います。この考え方の違いは何なのでしょうか。
今の若い人たちは、これまで大人たちが「当たり前に行ってきたこと」に対して、実にシビアな見方をしています。例えば「仕事帰りに仲間と一杯」ということは「無駄」だと考える人が増えているそうです。一生その会社で働くわけでもないし、上司のご機嫌を取る暇があったら、自分の趣味や勉強、ステップアップや転職に有利な人間関係をつくるための集まりに参加するなど、「自分のため」に時間とお金を割く方が良いと考えているからです。実際、厚生労働省が昨年実施した「国民健康・栄養調査」の「飲酒の状況」を見ると、若年層になるほどお酒を飲まない傾向にあります。給料は月20万円程度。使えるお金は限られていますから「無駄」なことにお金を使いたくないのです。
しかし、新しいアイデアには敏感です。ですから、オレンジゴスペルのように一見「ネガティブ」な話題を「ポジティブ」に伝えようとする発想は「面白い!」「新鮮!」と感じ、興味を持ってくれるのです。しかし、いくら興味を持ってもらえても、結果が伴わなくては一過性のもので終わってしまいます。
そのため今回は「オレンジゴスペルは本当に子ども虐待防止運動の啓発に役立っているのか」について書いてみたいと思います。
まず、これまで来場してくださった方々、ボランティアとして参加してくださった方々のコメントを紹介しましょう。
オレンジゴスペルは重要な存在だと感じます。若い私たちが、見知らぬ大人たちに自分で声を掛け、協力を求めながら子育てをする勇気は持てないと思います。「みんなで子育てしましょ!」っていう空気があれば、すごく育てやすくなるし、子どもを産みたい人も増えると思います。(20代女性)
来日したアーティストたちが、働きながら子育てをしているお父さんやお母さんだということに励まされました。仕事と子育てを両立する勇気がずっと持てずにいたのですが、私にもできるのかなという気になりました。(30代女性)
子どもができずに長い間、悩んでいました。しかし、日本に親がいない子どもたちがたくさんいることを知り、養親やホストファミリーになる選択肢も悪くないかなと思えました。親が欲しい子ども、子どもが欲しい大人、お互いが幸せになれますね。(30代女性)
ずっと自分に自信が持てずに大人になりました。その理由がオレンジゴスペルに来て分かりました。家庭内暴力がある中で自分が育ったことを認識できました。「どうせ自分なんか」と思っていた人生でしたが、それはDVから来るトラウマであると自覚でき、目の前が明るくなりました。(30代女性)
今の社会は自分のことで精いっぱいの人が多くて、他人に優しくなれる余裕がないんだなあと思います。私はうつ病になった経験があります。なので子育ては無理だろうと、母親になる自分を諦めていました。でも、オレンジゴスペルのメッセージを聞いてすごく勇気をもらいました。(20代女性)
人間関係の希薄さが、やはり問題なんだなあと気付かされました。オレンジゴスペルのメッセージ「周りにもっと目を向けましょうよ」「お節介しましょうよ」という呼び掛け、周囲の人に関心を持つことは、これからますます必要だと思います。(20代女性)
ご紹介したのは、ほんの一部。私がオレンジゴスペルのツアーの後に、参加者から頂いた生の声です。他にも参加者の声が、オレンジゴスペルの公式サイトに寄せられています。
これらのコメントを下さった方々に来場した一番の理由は何かと聞くと、ほとんどが「米国からのプロのゴスペルアーティストの歌を聴いてみたかったから」です。米国では、ゴスペル音楽は、きちんと「一つの音楽ジャンル」として認められています。今日、世界で最も権威ある音楽賞の一つ「グラミー賞」の中にもゴスペル音楽のカテゴリーがあります。従って、奉仕活動として教会で歌っている方々だけではなく、プロのレコーディングアーティスト(レコード会社と契約があり、プロの音楽家として活動している歌手)が存在しています。米国ではゴスペルコンサートも通常のコンサートと同じく、音楽ホールで入場料を取って開催します。教会主催のイベントとは異なり、舞台スタッフも出演者もプロを起用します。50ドル~100ドル(約5500円〜1万1千円)くらいのチケットでも、素晴らしいアーティストの歌を聴きたいと、会場は満席になります。
日本では残念ながら、米国のプロの歌を身近で生で聞くことができる機会は、ほとんどありません。機会があったとしても、チケットが高額であるなど、気軽に行けるという感じではありません。そのため、オレンジゴスペルのようにリーズナブルな価格で、しかもアーティストをより身近に感じられる小さな会場で、その歌声を生で聴けるというのは、とても貴重なのです。
また、オレンジゴスペルでは来日アーティストだけでなく、音楽レベルの高い国内アーティストたちの友情出演もあります。海外に出してもまったく恥ずかしくないプロの方や、驚くような実力のある方々ばかりです。
このように音楽で引き寄せられた来場者は、私とゲストたちとの「オレンジトーク」(対談やパネルディスカッション)も20分ほど見ることになります。この中で「虐待が起こらない社会にするためには、どうすればよいだろうか」ということを、私とゲストの方々でお話します。会場によってゲストが違うため、話の内容に決まった台本があるわけではありません。
ある会場では「米国と日本での子育て事情の違い」についてお話しました。他にも「子育て失敗談」「共働きで子育てするコツ」「日本での養子やホストファミリー事情」「子育てしながら働きやすい企業」など、話題はさまざまです。ゲストも児童養護施設の方、弁護士、子育て支援のNPO法人の方、行政担当者、養子縁組に取り組んでいるNPO法人の方や企業家などさまざま。暗い話をするのではなく、いつも笑いがある楽しいトークショーです。
今年は、福岡では女性県議会議員の堤(つつみ)かなめさん、新潟では衆議院議員の鷲尾英一郎さん、東京では参議院議員の吉良(きら)よし子さんが対談相手として参加されます。きっとまた楽しくて有意義な対談になると思いますし、いよいよ議会の場にオレンジゴスペルの声が届くのかと思うとワクワクします。
子どもの虐待に至ってしまう主な原因は、子育て従事者のストレスからです。例えば、若い女性が子どもを産む→子どもの父親が子育てを放棄して家を出ていく→残された女性は乳飲み子を抱えながら仕事を探す→仕事がなかなか見つからない→経済的に追い込まれる→相談相手も助けてくれる人も周りにいない→追い詰められ発作的に子どもに手を掛けてしまう→死んだわが子を見て泣きながら警察や救急に電話をする。マスコミで報道されるようなクレイジーな親はそこにはいません。私がもしも彼女と同じ立場だったら、同じ結果になる可能性は大いにあります。
また「孤独な子育て」も原因の一つです。これは、私がある女性から相談を受けた本当の話です。子育てにまったく協力してくれないご主人がいました。夜泣きする子を「うるさい!静かにさせろ!」と怒鳴り、寝不足でフラフラになっているのに、部屋が汚いとか、食事が手抜きだとか文句を言うのだそうです。母親に話したら「私もそうだった。頑張りなさい」とたしなめられる。近所からは子どもの泣き声がうるさいと陰口をたたかれる。ボロボロになっているのに、友人にはSNSで良い母親をアピールする。そうしているうちに、心も体も疲れてしまった。いつか自分も虐待してしまうのではないかと不安でたまらない・・・と。
相談できる人は、周りにまったくいなかったそうで、ニューヨークにいる私にSOSのメッセージを送ってきました。何と希薄な人間関係の中で子育てをしているのでしょうか。私が「日本のお節介文化を復活させよう」というサブタイトルをオレンジゴスペルのキャッチコピーに付けたのは、そんな希薄な人間関係の中で子育てしている若いお父さん・お母さんを助けたいと思ったからです。
子どもたちの命を救うためには、虐待者探しをしたり、虐待者を裁いたりすることが最優先ではいけないと私は思うのです。ですから、オレンジゴスペルは単に「子どもの虐待をやめましょう」とか「虐待を見たら通報しましょう」というものではなく、愛を持って虐待防止に取り組もうとする活動であるべきだと思っています。
被害者を救出するだけでも解決にはなりません。加害者も被害者もつくらない社会をオレンジゴスペルから発信していきたいのです。そのためには市民・民間団体・行政・政府・病院・企業・教育施設など、すべての人たちが一緒に考えて連携する必要があります。
神様の愛は壮大です。私はそこに子ども虐待防止のヒントがあると思っています。私がコンサートに「ゴスペル音楽」を使っているのはそれが理由です。ゴスペル音楽は「愛」を伝える音楽です。「愛」は天からの Good News、つまりゴスペル(福音)です。その愛を多くの人が受け止め、この社会問題解決のために、その愛を使っていくべきだと思っています。「愛」は必ず日本の子どもたちを救います!(続く)
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