By Dr. K. Kinoshita(木下和好)
YouCanSpeak 開発者・同時通訳者
元NHK TV・ラジオ 英語教授
<なぜ言葉は通じるのか?>
言葉による意思疎通は、頭に思い浮かんだ思い(イメージ)を Broca’s Area という脳の部分が文章化し(単語のみの場合もある)、それを声帯・舌・唇・下顎などを使って音声化し、空気振動という形で聞き手に送り、聞き手の Wernicke’s Area という脳の部分がそれを意味(イメージ)に変換するというプロセスで成り立つ。でもなぜ音声を発する人の思いが聞き手に伝わるのだろうか。それは、話し手と聞き手の間に共通の約束事があり、互いにその約束事に沿って話したり聞いたりするからである。
例えば “Are you hungry?” という音の並びは「あなたはお腹が空いていますか?」という意味(イメージ)になるという約束が話し手と聞き手双方に共有されていれば、誰かが “Are you hungry?” と言った瞬間、それを聞いた人の頭の中に「あなたはお腹が空いていますか?」という意味(イメージ)が湧く。
このように一定のルール(約束事)の基、ある特定の「思い・意味・イメージ」が特定の「言い方(音の並び)」と結合し、その約束事が多くの人に共有された時点で、「言葉」が「生きた言葉」となる。英語の約束事と日本語の約束事は異なるので、英語の約束事を共有していない日本人は、英語を聞いてもその意味が分からず、何かを思い浮かべても、それを英語の音の並びに変換することができない。同じように、日本語の約束事を知らない米国人は、日本語を聞いてもその意味がまったく分からず、日本語音声を発することもできない。
それで英語を自由に話したいと思っている日本人は、英語の約束事を脳裏に刻み、英語を話す人たちと共有することが必須となる。
<約束事が共有されれば、言葉は動画のようになる>
日本人がラジオで日本語のドラマを聞くとき、その内容があたかも映画を見ているかのごとくに脳内に浮かび上がるはずだ。1コ1コの単語にとらわれることなく、また文法的な分析に走ることもない。あの単語は形容詞なのかそれとも形容動詞なのかとか、あの動詞は何段活用かとか、あれは尊敬語かそれとも可能性の表現?それとも受け身の意味なのか?などと考えていたら、ドラマの内容が頭に入ってこなくなり、楽しむことができなくなってしまう。でも実際は音声が即座に意味に変換されるので、ドラマが動画のような展開になり、そのストーリーの中に引き込まれていく。
英語の場合も同じで、英語の約束事が共有されていれば、聞いた英語が動画を見ているかのようにその意味が頭の中に入ってくる。あの現在完了形はどういう意味で使われているのかとか、あの関係代名詞の先行詞は何なのかというようなことを意識する前に、意味がスイスイ頭の中に入ってくる。話す場合も同じで、どの単語をどの順序で使おうかと考える前に、口から英語が出てくる。このように、英語の約束事が脳に刻まれていれば、英語を母国語のように使いこなすことが可能になる。
<大枠の約束事と細かい約束事>
普通の木造家屋を建てる大工さんと家具職人の共通点は、木で物を作ることであるが、違いは作業の細かさにあり、また使う道具も異なる。家具を作る場合、わずかな狂いも許されない。つなぎ目が1ミリずれていたら売り物にならないし、引き出しのどこかが1ミリ狂っていたら、開閉が難しくなる。数百年前、信教の自由を求めてアメリカ大陸に渡った Shakers と呼ばれるグループの清教徒たちは、類まれな家具職人として生計を立てていた。
彼らが作った家具はデザイン的には単純であったが、丈夫で機能的で、精巧に出来ていて、何年経過しても狂いが生じないものであった。私がボストンのヤードセール(不要になった物を庭先で売る習慣)でたまたま見つけ、5ドル(破格の値段)で購入したタンスは、実は250年以上前に Shakers によって作られた骨董品だった。我が家の家宝となったそのタンスには何の狂いもなく、引き出しは今でも新品家具のように、スーッと何の音も立てずに開け閉めすることができる。
話題を「言葉」に戻すが、木造家屋と家具に精密度の違いがあるように、言葉の約束事にも大枠の約束事と細かい約束事がある。大枠の約束事とは、「思い・意味・イメージ」の輪郭を形成するもので、そこが崩れると意味がまったく通じなくなる。例えば “John” “know” “Betty” という3つの単語があった場合、何の約束事もなければ、“John” “know” “Betty” と言おうが、“know” “John” “Betty” と言おうが “Betty” “John” “know” と言おうがどれも同じで、具体的な「思い・意味・イメージ」は湧き上がらない。
でも順序という約束事があり、最初に来る単語が「~は」という意味で、次に「~する・~です/ます」という表現が来、最後の単語が「~を」という意味になるということが共有されれば、“John – know - Betty” と言えば「ジョンはベティーを知っている」という意味になり、“Betty - know - John” になれば「ベティーはジョンを知っている」という意味になる。でも “know - John - Betty” では意味が通じないということになる。約束事から外れているからだ。このような意味ある文章となるための基本的な取り決めが大枠の約束事である。
でも英語では細かい約束事もあり、「~は」の部分(主語)が単数で、動詞が現在形の場合、その動詞に s が付くという約束もある。その約束事を知っている人は、“John knows Betty” とか “Betty knows John” のように “know” に “s” を付ける。でも s を付けることは細かい約束事なので、“s” をつけ忘れて “John - know - Betty” と言ったとしても、意味が通じないわけではない。でも “s” の約束事を知っている人にとっては、“John - know - Betty” は違和感のある英語となる。
<より高度な英語要素とは何か?>
大枠の約束事と細かい約束事が「意味の違い」として捉えられているか、あるいは「文法的知識」としてのみ捉えられているかにより、英語の難易度が違ってくる。細かい約束事は構造上(外見上)単純なので易しい英語と見なされ、日本の学校英語教育は、細かい約束事から始まる。
中学校1年の英語のテストでは、apple の前に a が付くのか an が付くのか、それとも何もつかないのかというタイプの知識が試される。また2コ以上の apple の場合 apple の後に s が付くのかつかないのかと質問されたり、「トムはリンゴが好きではない」の場合、don’t を使うのかそれとも doesn’t を使うのかという問題も出題される。
a とか an とか s の有無は、外見上単純で一番易しい英語に見える。でもこれら細かい約束事は、意味という観点から見ると、より高レベルの英語要素となる。なぜなら、これらは微妙な意味の違いに関わるものなので、明確な意味の違いとして把握されていない限り、正確に使いこなすことができないからだ。
英語を母国語としている人は、細かい約束事、すなわちより高度な英語要素であっても、その使い方を間違えることはない。なぜなら細かい英語の約束事を意味の違いとして感じ取り、その使い方に間違いがあれば、不自然さを覚えるからだ。日本語でも同じで、誰かが「椅子に座ります」というべきところを「椅子で座ります」と言ったら、日本人であればただちにその不自然さを感じ取るし、自らそのような過ちを犯すことはない。
<英語がペラペラな人が犯す中1レベルの過ち>
私が知っている日本人で、英語をペラペラ話す人が何人もいる。流暢に英語を話すので、彼らの英語は完璧かというと、必ずしもそうではない。面白いことに、高レベルな英語力を身に付けている人たちの多くが、中学校1年で習う最も易しいはずの英語の使い方を間違える。加算名詞の単数に a を付けなかったり、3人称単数現在の動詞に s を付け忘れたり、複数名詞に s をつけ忘れたり、don’t と doesn’t を言い間違えたりなどである。
また、間違いを犯したことに気付かない。どうして英語が得意なはずの人が、中学校1年生で習う易しい英語を間違えるのだろうか。それは、これらの細かい約束事が微妙な意味の違いとして十分に把握されていないからだ。”Tom doesn’t have a car” と言っても ”Tom don’t have car” と言っても、その違いが瞬時に意味の不自然さとして響いてこないので、”Tom don’t have car” と平然と言ってしまい、またその間違いに気付かない。
中1で習う細かい約束事は微妙な意味の差をもたらすので、英語の実力がネイティブレベルに近づかないと、平気で過ちを犯してしまうことになる。
日本の学校英語教育は決して間違っているわけではなく、重要な役割を担っている。でも、文法的理解が意味と直結していなければ、英語を習得したことにならないのも事実だ。私が経営していた英会話クラスで、米国人教師から個人レッスンを受けていた優秀な高校生が、ある日レッスン終了後に私の所に来て、「あの先生は英語が分かっていないようなので、別の先生に変更してもらえませんか?」と願い出た。
彼は「現在完了形」についてもっとよく知りたくて、”I want to know more about the Present Perfect Tense.(現在完了形についてもっと知りたい)”と先生に言ったら、”I don’t know what you are talking about.(何のことを言っているのかさっぱり分からない)”と思いもよらぬ反応が返ってきたとのこと。
その時、私は彼に言った。「彼女は現在完了形を100パーセント知っていて、正しく使うことができるし、4つの意味の違いも明確に分かっているよ。なぜなら現在完了形は彼女の脳内で意味として把握されているからだよ。ただ彼女は the Present Perfect Tense という文法用語を知らないだけだよ」と。
英語を母国語としている人は、大枠の約束事であれ細かい約束事であれ、無意識にそれらを正しく使いこなすことができる。すべてが「意味」として明確に把握されているからだ。
というわけで、どんな英語の表現であっても、それらすべてが意味として脳裏に刻まれるような学習が必須である。意味としの把握とは「思い・意味・イメージ」と「音の並び」が完全に結合することを意味する。私はその目的のために YouCanSpeak を開発した。
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