映画にはいろんな目的がある。それは、日常ではお目にかかれない一大スペクタクルを描くことであったり、人間の内面を繊細に描き出すことであったり、ギャグや思わず吹き出してしまうようなやりとりを面白く見せることであったりする。時には、社会的な問題を告発することを目的としたものもある。
しかし、本作「バケツと僕!」はそのどれにも属さない。深刻な児童虐待やネグレクトを描きながらも、それらを告発しようという意図はあまり感じられない。また、養護施設で強烈な指導を展開する女教師が登場するが、彼女と主人公の青年教師(演じているのは、前川清の長男!)との関わりが物語を急展開させるということもない。
つまり、物語は主人公の気弱な養護施設教員と「バケツ」というあだ名をつけられた15歳の少年との交流を淡々と描くことに専念しているのである。
「バケツ」は、幼少期に親に虐待され、その挙句に捨てられた過去を持っている。母親がコンビニのおにぎりしか渡さなかったことから、彼にとってのごちそうは「コンビニ」で売られているものとなっている。時々口ずさむ歌があるが、それは母親との唯一の記憶となっている。障害があるような立ち振る舞いだが、ぎりぎり健常児と見なされている。
このように書いてくると、いろんなところから「感動の物語」へとつなげていけるコンテンツがあふれているように思う。しかし、この映画はそのような展開をしない。徹底して青年教師とバケツとの日常的なコミュニケーションに焦点が絞られている。
やがて16歳となったバケツは、養護施設を出ていかなければならなくなる。それが施設のルールである。彼はお姉さんのところへ引き取られていき、新しい生活をスタートさせることになる。しかし、すぐにそこを飛び出し、青年教師のところへ転がり込む。そして、彼らは養護施設から社会へと舞台を変えながらも、同じような共同生活をすることになっていく。
映画の展開としては、まるで「あえて」王道の感動ストーリーを外しているようにも見える。陽の当たらないマイナーな世界(養護施設に関する情報は、少なくとも筆者の周りではあまり多くない)のことをよく知ってもらうなら、物語は徹底して施設内で行われるであろうし、バケツが出て行かなければならないことは物語の冒頭部で提示されているので、いわゆる「青春卒業モノ」のように感動の別れとバケツの成長が描かれて物語は終わり、となる方が「王道」である。しかし、このどれも本作には当てはまらない。
物語半ばでバケツは社会へ出ることになるし、青年教師もそれに自身の成長を感じる節がない。むしろ卒業後の2人の奇妙な共同生活が本作の中心であるかのようだ。
見ていて、ある有名な聖書の箇所が思い浮かんだ。
あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。(マタイ18章12、13節)
作品自体がほのぼのとしたハートウォーミングな世界観を持っているため、これみよがしの感動やシリアス展開はない。しかし、1人の青年教師が不遇な少年と出会い、彼との交流を重ねていくうちに、ついに教え子1人の人生を抱え込み、自らの職を投げうっても少年のために奔走するという姿は、上記の羊飼いの姿に重なるところがある。
上記聖書箇所は、一見素晴らしい物語であるが、これを現代で実行しようと思うなら、たちどころにほころびが見えてくることになる。「残された99匹はどうなるのか」「羊飼いは全体を見守るのが仕事ではないか」「1匹は勝手に迷い出たのだから、自己責任ではないのか」。そんな声が聞こえてきそうである。
このたとえが私たちに訴え掛けてくるものは多岐にわたる。自身の内にある「心の状態」として訴えているのか。それとも本気で99匹を残し、1匹のために人生を費やすことを選ぶべきなのか。
本作はここまでの大仰な問いを掲げているわけではないが、1人の少年に愚直に向き合うさまをストレートに描いているという意味では、キリスト教精神と相通じるものがある。そして、いつしかその在り方が、少年ではなく青年(元)教師の心情を変化させていくというあたりが秀逸である。
観客は、少年の成長や変化を通して青年教師が変えられていくと思い込む。しかし、残念ながら少年側にはあまり大きな変化は訪れない。そういった意味で本作は徹底したリアリズムを追求している。人がそう簡単に変わるはずがない、ということだろう。とはいえ、その先に、2人の関係が微妙に変化し続けるのではないかと思わせる展開が待っている。見ている側は、そこに「言い知れぬ温かな眼差し」を発見する。
決して大上段から感動を押し売りしたり、社会の暗部をこれみよがしに抉り出す硬派なドラマではない。しかし、見終わった後に「身近な誰かに、今日は優しく接してあげたいな」と思うようになるだろう。
春が間もなくやってくるこの時期に、この作品を通して少しほっこりする時間を持ってみませんか?
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