By Dr. K. Kinoshita(木下和好)
YouCanSpeak 開発者・同時通訳者
元NHK TV・ラジオ 英語教授
<母親が内職で家計を支えていた>
私は小学校の高学年になるまで、ずっと英語を学ぶ方法を探し求めていたが、お金がかかることは一切無理なので我慢するしかなかった。父はアル中で、月給のかなりの部分をお酒に使ってしまっていたので、家計を支えるために母はいろいろな内職を探しながらわずかな収入を得ていた。おそらく月に2~3千円程度の収入だったと思う。私も何かをしなければならないと思い、下校後、時間のある限り母の内職を手伝った。そうこうしているうちに、一番上の兄は大学進学を諦め、勤め始めた。その頃から、極貧状態が少しだけ改善したような気がする。
<一番上の兄が購入したレコードプレーヤー>
兄はクラシック音楽が好きで、中高校生の時、バッハやモーツァルトやベートーベンなどの肖像画を鉛筆で描き、何枚かの作曲家の絵を壁に貼っていた。高校の時は学校所有のチェロを学び、独奏会も開いたことがある。大学を諦め、就職した後は自分のお金でバイオリンを買い、1人で練習していた。私も兄が大切にしていたバイオリンをこっそり弾いているうちに音楽が好きになり、小4の時、小学校のオーケストラに入部し、バイオリンとコントラバスを担当した。
音楽好きの兄は名曲が聴きたくて、思い切ってレコードプレーヤーを購入し、クラシック音楽(英語では “classic music” ではなく “classical music” となる)のレコードを毎日聴くようになった。脇で聴いていた私もクラシック音楽に惹かれていき、ベートーベンの「運命」やチャイコフスキーの「くるみ割り人形」が大好きになった。特にバッハの「G線上のアリア」のバイオリンソロに魅了され、こっそりと何度も聴いた。
<英語を学ぶ方法を思いついた>
小6になったとき、あと1年待てば中学校の英語の授業が始まることは分かっていても、それまで待つのがつらかった。何とか本格的な英語の学びを始めたいという思いを潜在意識的に持ちながら日々を送っていたが、レコードプレーヤーで好きな音楽を聴いているとき、突然アイデアがひらめいた。「そうだ!英会話のレコード盤を買って、このプレーヤーを使えば、毎日英語が聞けるのでは?」と。私にとっての最初の英会話教材は英会話レコードに決まった。
待つことが嫌いな私は、すぐに母の所に行き、「英会話のレコード盤を買いたいのだけど」と言った。私はそれまで10円以上の小遣いをもらったことがないので、当然そんな要求が通るわけがないことを知っていた。でもその時母は「この金額で買えるのなら、買ってもいいよ」と言って、どこからか2~3千円(額ははっきり覚えていない)をかき集めてきて、私の手に持たせてくれた。
2~3千円といえば、母の内職の1カ月分に当たる金額だった。私はその足で、町で一番大きな本屋さんに一目散に走って行った。店内をキョロキョロ見渡すと、もらった金額で買える英会話のレコードセットが目に留まり、すぐにそれを購入し、また家まで急いで走って帰った。
<毎日英会話のレコードを数時間聞いた>
家に着くと、早速レコードプレーヤーのスイッチを入れ、買ってきた英会話レコードを聞き始めた。でも初めて英語を耳にしたとき、何が何だかさっぱり分らなかった。英語が速すぎて、新幹線が目の前を通り過ぎるような感じで、右の耳から左の耳へと抜けていった。
英文の意味もまったく分からなかったが、レコード盤と一緒に冊子が入っていて、すべての英文の意味が書いてあったので、まず日本語訳を全部読んだ。また、冊子に簡単な英文法の説明があったので、分かっても分からなくても、とりあえず読んだ。
それからは、来る日も来る日も毎日数時間、レコードから聞こえてくる英語を聞き続けた。レコードを聞いているとき、手は空いていたので、手では母の内職の手伝いをするために動かし、耳は聞こえてくる英語に集中した。
英会話レコードの内容は、生活のいろいろな場面を想定した複数の人たちによる対話形式のものだったが、なかなか面白い内容だった。毎日英語を聞いているうちに、不思議なことが起きているのに気付いた。最初あれだけ速かった英語だが、聞いているうちに英語のスピードがだんだん遅くなり、英語の音が聞こえるようになった。実際はレコードの英語のスピードが遅くなったわけではないが。
<話すためにはまねて言わなければならない!>
英語がだんだんゆっくり聞こえるようになってきたが、小6の私は、英語を聞いているだけでは決して口から英語が出てくるようにはならないことを直観的に感じた。英語の音声が認識でき、聞く英文の意味が分かったとしても、自分の口でその英語を言っているわけではないので、いくら聞き続けても絶対に話せるようにならないことは分かった。
私の夢は英語がペラペラ話せるようになることだったので、とにかくまねして音声に出すことにした。英語の細かい発音の仕方は分からなかったが、聞こえてくる英語に近い発音で言おうと試みた。最初の頃は英語が速すぎて、まねして言おうとしても、言い終える前に次の英文に移ってしまい、なかなか思うようにはいかなかった。
でも、毎日同じことを繰り返しているうちに、いつの間にかレコードの英語と同じスピードで、また似たような発音で模範英語についていけるようになった。英文の内容を思い浮かべながらまねして言うと、自分もそのトピックの世界に引き込まれ、本当に誰かと会話をしている気分になっていった。
英会話レコードを買った小学校6年の夏ごろから英語を聞きまねして言う日々が1年ほど続いたわけだが、さらに気付いたのは、すべての英文をレコードのスピードと同じスピードで言えるようになっていただけでなく、ある程度日常会話ができるようになっていたことだ。私の英語スピーキング世界は、このようにして始まった。
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