早稲田大学YMCA(代表理事:東條隆進・早稲田大学名誉教授)の創立130周年、同会が運営する学生寮「信愛学舎」の創設100周年を記念し、講演会が4日、日本キリスト教会館(東京・早稲田)で行われた。日本基督教団早稲田教会牧師の古賀博氏が奨励を、国際基督教大学特任教授の千葉眞(しん)氏が講演を行った。
講演会の前半は記念礼拝として、古賀氏が「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう」(創世記2章18節)から奨励のメッセージを語った。
「早稲田大学商学部の学生だった37年前に信愛学舎で多くの仲間に出会い、他者とぶつかりながら共に生活したその経験は、私の人生に大きな影響を与えた。しかし、最近では私自身もパソコンで教団の人間とやりとりをし、説教の準備をし、家族ともSNSでやりとりをするだけになっている。人間は独りでは神の目的を達成することはできない。他者と向き合い、支え合いながら生きていくことこそ、神が私たちを造られた目的。かつての信愛学舎での生活を今に生かすべく、悔い改めて新たに歩みたい。エチオピアに生息するゲラダヒヒは、他の種類のように力で相手を服従させるのではなく、音声コミュニケーションを取りながら平和的に暮らしているという。私たちもゲラダヒヒに負けてはならない」
続く記念講演では千葉氏が登壇し、「無境界の思想――いま考える善きサマリア人の譬(たと)え」というタイトルで語った。千葉氏も早稲田大学政治経済学部政治学科の出身で、無教会のクリスチャンだ。
「『善きサマリア人の譬え』(ルカ10:25~37)でイエスは、『わたしの隣人とはだれですか』という律法学者の問いを『だれが隣人として行動したか』という問いへ転換した。律法学者の問いには、愛すべき隣人と、愛さなくてよい隣人とを区別し、選択できるといった前提がある。ここでイエスは、困窮者の隣人となること、隣人として行動することを要請した。
このサマリア人の譬えにあるのは、神の愛(アガペー)としてのすべての人に注がれる隣人愛と、正義による平和(シャローム)の思想。現代世界に切望される『精神のルネサンス』と『宗教改革』への鍵は、この聖句にこそあるのではないか」
それから千葉氏は、「21世紀は『宗教』の時代が終わり、『啓示に基づく福音』の時代が始まる」として3人の言葉を紹介した。
スイスの神学者カール・バルトの言葉。「『宗教』は人間の側から努力して神に近付く方法、『啓示』は神の側から人間に近付く恩寵(おんちょう)による救いだ」
内村鑑三の言葉。「『啓示』による信仰とは単純なる信仰、信仰のみの信仰、結果に目を注がざる信仰、信仰のみをもって満足する信仰」
マルティン・ルターの言葉。「福音信仰とは、神にすがる『乞食の手』をもって神の義を受けること」
しかし、現代における「宗教」は、世界の紛争や戦争、テロリズムの温床になっている。エラスムスが『平和の訴え』で「いつの間にか人は宗教対立のあおりを受けて『平和の神』に従うことをやめ、『狂乱の神』に取りつかれてしまっている」と批判したとおりだと千葉氏は指摘する。
「こうした時代にあって、イエスの福音の中にある普遍的な愛(アガペー)と、徹底的な正義による平和(シャローム)が、各人にとっても、社会や世界にとっても、重要な価値規範であることは明らかだ。神の愛(アガペー)を実践し、平和主義を貫くことは、現代と将来の羅針盤となる。
現在の日本では、理想を語ることが必要。私は、日本国憲法に記された平和主義を基本とする『良心的戦争拒否国家』として歩む将来の日本を見てみたい。政治家や政党に対する不信が極まっているが、民衆の支持を得ることのできる、公正で気骨があり、信頼に足る政治家や外交官、ジャーナリズム、各種メディアが出てきてほしい」
そして最後に、こう締めくくった。
「信愛学舎をはじめとするキリスト教学生寮は、『善きサマリア人の譬え』が示す愛と正義、平和を実践できる場。学生たちが仲間と学び、対話と対論をしながら心を育む場になればと願っている」
1884年の東京専門学校(早稲田大学)開校から間もない87年、基督教青年会(YMCA)の学内活動(聖書研究会・祈祷会等)が開始され、1916年、信愛学舎が開設された。以来、中国・韓国からの留学生を含む男子寮として歩んできたが、第2次世界大戦中に取り壊し令が出され、60年に再建、2014年から男女寮として再出発し、都内の諸大学の学生が共に生活している。