ゴールデンウイークで賑わう大阪中之島。大阪府立国際会議場で3日間にわたって行われた「日本宣教フェスタ」は、連日数千人の人出でにぎわった。「全世代が1つとなって日本宣教を推進するつどい」というスローガンのもと、多くの教会、教団、そして世界的に著名な牧師先生たちが一堂に会する「キリスト教的お祭り(フェスタ)」が行われ、盛況の内に幕を閉じた。
今回から3回にわたって、その時の様子をレポートしてみたい。なお、筆者(青木)の参加した集会、セミナーを中心としたレポートであることをあらかじめお断りしておきたい。
大会前日 晩さん会
5月5日から始まるフェスタ本番に先駆けて、前日の午後6時から大阪府立国際会議場に隣接するリーガロイヤルホテルで晩さん会が催された。当日は300人を超える参加者があり、前夜祭としては申し分ない勢いを感じた。
司会を担当されたのは、南大阪聖書教会の古林寿真子牧師。かくしゃくとしたその佇まいは、実年層にとっての大きな励ましであろう。大会長の小山大三牧師(岐阜純福音教会)のあいさつの後、本大会のために結成された合同聖歌隊による賛美が数曲続いた。ルターの宗教改革から500年を迎える節目を意識してであろう、ルターが作ったといわれている「神はわがやぐら」が最初に歌われ、雰囲気を一気に盛り上げることとなった。
そして食事の前に「おいしくご飯が食べられるよう、会衆に希望を与えてほしい」という要請を受けて、日本リバイバルミッション代表の有賀喜一牧師が説教を語られた。有賀氏は93年の甲子園リバイバルミッション以来、変わらずキリストにある希望=福音を語っておられる。この日もさまざまな例話や現代的なトピックスを取り上げながら、「今までに見たこともない神の働きを見たいなら、今までやったことがないことをやりなさい!」と明確に指針を語られた。
考えてみると、このような大集会を21世紀に継続して行うということは、なかなかできることではない。規模を縮小するか、日程を減らすか、またはやらないかである。しかし、90年代半ばのベニー・ヒン集会以来、常に「今までやったことのないこと」に挑戦し続ける本大会実行委員の諸先生方の姿勢は、まさに有賀氏を通して語られたことをそのまま体現していると言えよう。
皆、次の日からのフェスタに期待しながら帰路に着くこととなった。
大会1日目 セミナー
本大会の特徴の1つは、文字通り「全世代」が集うということにある。そのため、各年代層のニーズに応える諸集会が用意された。そして、多くの方がびっくりしたのは、メインホールで集会が行われているにもかかわらず、同時並行で各種セミナー、キッズ大会、ユース集会、祈祷会が計画されたことであろう。
1日目午前のセミナーは、一番人気であった淀川キリスト教病院理事長の柏木哲夫氏が「穏やかな老後と死」について語られた。面白いのは、それと同時並行で向かい側の部屋では「ユース集会」が行われていたことである。「ゆりかごから天国まで」とよくクリスチャンは言うが、まさにそのことを意識しての配剤となっていた。
なお、筆者は「聖霊運動と神学」という一見小難しいテーマで、べテルキリスト教会の大坂太郎牧師とセミナーを行った。当初「神学のセミナーなんて、20人くらい来てくれたら御の字だね」と言い合っていたのだが、ふたを開けてみると100人以上の盛況ぶりであった。
ここでこの神学セミナーの流れを少し報告しよう。
まず、今回のテーマを明確にするため、ペンテコステ神学の中心であろう「異言」に絞ってのレクチャーを計画した。大坂牧師は聖書学、青木は歴史神学の専門であったため、例えるなら縦糸と横糸のように、訴える方向性を変えながら、同じポイントを強調するというスタイルを取ることになった。
筆者はホーリネス運動からペンテコステ運動へ至る社会的文化的要因を列挙し、それを「米国の歴史」と擦り合わせることで、説得力を持たせることにした。一方、大坂牧師はそれをルカ文書である「ルカによる福音書」「使徒言行録」を中心に、パウロの視点とルカの視点の違い、そしてこれらをどう一体化させるべきかについて語られた。
結果、多くの方から(かなり)赤裸々な質問が投げ掛けられ、集まった方々は大いに刺激を受けることとなった。2時間があっという間であった。
午後からは、メシアニックジューと仏教に関するセミナーがあった。一見何の関係もなさそうなのだが、実は日本とキリスト教との関わりを考える際に、この2つの立場は私たちに新たな視点と気付きを与えてくれることが分かる。メシアニックジューに関しては、日之出キリスト教会の行澤一人牧師、仏教に関しては奈良福音教会の宮谷泉牧師がそれぞれ講師であった。
行澤牧師は、ユダヤ人キリスト者(メシアニックジュー)のご友人を連れて来られ、イスラエル在住の生の声を届けてくれた。また宮谷牧師は、いかに日本人が「仏教的なるもの」に知らず知らずに支配されているかを鋭く語ってくれた。
このセミナーの隣では、中東伝道に従事されている方(本名は出せないそうです)の宣教レポートもあり、こちらも大盛況であった。なにしろ各セミナーとも椅子が足りなくなり、控室から会場係が常に椅子を運ばなければならないといううれしい悲鳴が上がるほどであった。
次回は、夜のメインホールでの集会、そして2日目のセミナーの様子をお伝えしたい。
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