内戦が続くシリアに思いを寄せようと、「戦争・平和・音楽を考える会」主催によるチャリティーコンサートが4月8日、カトリック赤堤(あかつつみ)教会(東京都世田谷区)で開催された。また、内戦前の日常を知るシリア人2人によるトークショーもこの日、行われた。
世界遺産を有するシリアは、6年以上に及ぶ内戦によって多くのものが破壊されてしまったが、かつては風光明媚(めいび)で、人々も穏やかに暮らす国だった。そこで学生生活を送っていた2人は、シリア内戦勃発後に来日し、現在、在留許可を得て、仕事をしながら生活の糧を得ている。ただし、家族の多くはシリア国内に暮らしており、彼らの発言によって危害が及ぶ可能性もあるため、今回は匿名、写真撮影なしという条件付きでトークショーに出ることを引き受けた。
Aさんはダマスカス出身。来日する前は、法学を学ぶ学生だった。子どもの頃の思い出と言えば、あらゆる宗教の人々が助け合いながら楽しく暮らしていたこと。クリスマスにはキリスト教徒が装飾を施し、イスラム教のラマダン(日の出から日没まで断食をする)の時期には、日が暮れる頃にキッチンからいい匂いが漂ったりと、平和な情景を今でも思い返すという。
Mさんも同じくダマスカス出身。来日する前はコンピューターサイエンスを学ぶ学生だった。しかし、卒業の1年前に戦況が悪化したため、国を離れなければならなくなった。戦争前はシリアにも普通の生活があり、大学で学び、休日にはサッカーやテニスを楽しみ、観光客も多く訪れていた。
「シリアが平和な頃は、皆に『ぜひシリアに来てほしい』と言っていたが、今は難しい状況にある。とにかく早くこの戦争が終わることを望んでいる。しかし、日本に来られたことは非常に幸運だった。日本人は宗教に対しても寛容で、私たちイスラム教徒にも理解を示してくれる。とても感謝している」
2人は、「戦争の話をすれば、何時間でも話せる」と言う。シリアの内戦が始まって2年間は国内に住んでいたが、状況は悪化するばかりだった。毎日のように空爆があり、襲撃事件も起きていた。このような状況の中、いつも犠牲になるのは子どもだった。おなかをすかせた子どもたちがゴミ箱をあさる姿を目にしたこともあった。2人は厳しい口調でこう話す。
「メディアはいつも権力者の意見や姿ばかりを追っている。しかし、戦争の本来の姿はそこにあるのではない。もっと現実を見てほしい。また、戦争で犠牲になった人の数ばかりが報道されるが、その一人一人には、妻や夫、父や母がいて、その分だけ涙や叫びがある。それが現実」
2人が日本にやって来たのは、大きなチャレンジでもあり、大きな変化でもあった。日本に憧れ、「いつかは来たいと思っていた日本にまさか来られるとは」という驚きもあった。多くの人の支援によって生活が支えられ、仕事が与えられた。日本語は難しいが、きちんと整列して電車に乗るなど、日本人の秩序正しい姿は感動したという。一方で、シリアでは面識のない人同士でもあいさつを交わし、会話をすることがよくあるが、日本にはそれがないのに疑問も感じた。「とても良い人たちだが、『コミュニティー』という意味では、少し人間関係が疎遠なのでは」
2人は来日後、アメリカ人の友人と共に「White Heart for Syria」という団体を立ち上げて支援活動を行っている。日本で講演やチャリティーコンサートなどを行い、会場で集まった募金をシリアに送金しているのだ。支援先は全部で30家庭。主に親を失った子どもを支援しているという。
「私たちの目的は、権力者のどちらが正しいということを判断することではない。今この瞬間にも、医療や食糧がなくて死ぬ子どもが祖国にいると思うと、いても立ってもいられない気持ちでこの活動を始めた。それ以来、日本から多くの支援をもらってシリアに送ることができた。とても感謝している」
祖国を離れ、家族とも離れ離れになってしまった彼らにとっての夢は何だろうか。
「日本が戦後立ち直って、このような素晴らしい国になったように、今の戦争も早く終わって、シリアの人たちがこのように豊かな生活ができるようになってほしい。そして、戦況を知らせるニュースが朝起きた時にはもう聞くことがないよう、平和なシリアを望んでいる」
トークショーの後には、「戦争・平和・音楽を考える会」による演奏が行われた。教会の中で美しい音楽を聴く時間がどれほど尊く貴重なものであるかを、会場にいた一人一人がかみしめた。
同会メンバーで、カトリック教徒の石井賢治さんは、コンサートの感想を次のように述べた。
「イスラム教徒がカトリック教会で話をするという企画に、2つ返事で引き受けてくださったジャン・ガブリ神父様(カトリック赤堤教会主任司祭)の寛容さと懐の深さに感じ入った。また、イスラム教徒である彼らも、カトリック教会で話をすることを快く了承してくれ、感謝している。世界が宗教の枠を超えて助け合えれば、必ず平和が訪れると思う。お2人の身に迫った危機、日本に来られた幸せを伺い、われわれができることは何かを考えさせられた。まずはシリアを知り、彼らを知り、そして支えることだと思う。今回、なんと11万円以上の尊い募金が集まり、来場してくださった方々に感謝している。最後は『ふるさと』を皆さんに歌っていただき、世界中の難民の方々が故郷に帰れるようになればと思いをはせた。戦争についてとても考えさせられる貴重な機会だった 」
「White Heart for Syria」の詳細、募金などの問い合わせはホームページを参照。