アグネス・チャン国連児童基金(ユニセフ)アジア親善大使が17日、ユニセフハウス(東京都港区)でシリア難民についての報告会を行った。2日から10日間の日程で、難民を受け入れている周辺国のトルコ、ヨルダン、レバノンをアグネスさん自身が訪問したのだ。軍事的緊張が続くシリア情勢に関する報告会とあって、報道各社、ユニセフ関係者をはじめ、約140人が参加した。
シリア内戦はすでに7年目に入り、終わりの見えない戦いが現在もなお続いている。シリア政府軍、それに対抗する反政府軍といった単純な図式ではなく、イスラム過激派がそれに加担し、さらにはロシア、米国などの大国による軍事介入もあってますます複雑化し、悪化の一途をたどっている。
ユニセフによると、現在、シリア国内で支援を必要としている子どもはおよそ580万人。それに周辺国に難民となって逃れた子ども230万人を加えると800万人以上となる。それだけの子どもが、当然あるはずの「安全」「安心」を脅かされ、支援を必要としているという。
一方で、難民となった彼らを受け入れている周辺国も苦境に立たされている。ヨルダンでは約65万6千人、レバノンには約100万人、そして最大の受け入れ国であるトルコには約290万人ものシリア難民がいる。これらの国々の国境の多くは現在、封鎖されているが、そこが開放されるのを待つ人々が数万人規模で国境近くまで押し寄せているのだ。
ヨルダンには世界最大規模の難民キャンプがあるが、キャンプ内で生活できている難民はおよそ1割にすぎない。あとの9割は街の中にいるという。キャンプ内にいればさまざまな支援を受けられるが、街で生活をしている難民は支援を受けられないため、経済的な困窮に陥る。難民は法律上働くことができないので、仕事をしていることが分かれば、現地の警察が逮捕せざるを得ない。しかし、15歳以下の子どもだと、多くの場合、警察も目をつぶるのだという。いわゆる「児童労働」だ。「シリア難民が通う学校の先生に聞くと、約半数の子どもが働いていると答えた」とアグネスさんは言う。
男子児童は家族を助けるために働きに出るが、アラブ社会において女子児童が働く場所はあまり多くない。家族を助けるため、やむなく結婚する女子児童が多く、12歳から15歳までの間に結婚する割合が、この内戦によって大きく上がったという。女子を結婚させた家庭は、食い扶持が減るだけでなく、男性側から結納金が入る。国によって違うが、相場では3千米ドルくらいだという。家族はこのお金で当面の生活を支えることができるのだ。
レバノンは、国民の4人に1人がシリアから来た難民といわれている。しかしレバノン政府は、「難民」ではなく「避難民」としているため、国連による難民キャンプの設置が許可されていない。難民たちは非公式のキャンプを自らの手で作り、土地代を支払って、粗末なキャンプで暮らしている。集落には、少年兵をリクルートする過激派の兵士が入り込むため、ユニセフなどの支援団体は、彼らをそういった集団から守る活動もしている。
トルコはシリア難民の最大の受け入れ国となっているが、シリアとは言葉が違うため、他の2つの国と比べて、支援にはさらなる努力が必要だ。アグネスさんは、「彼らから学ぶべきことがたくさんある。私たちにトルコのように支援をすることができるかと言ったら、分からない。彼らのことを尊敬する」と話した。トルコでは、キャンプ生活が長期にわたる人のため劣化したテントを張り替えたり、すでにトイレ、洗濯機、シャワーなどが備えられた仮設住宅を造って、そこに難民を住まわせたりしている。
アグネスさんがトルコ国境近くの学校を訪問して、17歳くらいの男性に話を聞いている時だった。あっという間に人だかりができ、その中で熱心に耳を傾けたという。
「17歳といえば、まだまだ子ども。それなのに、少し前までこの子たちはいつも政治的緊張状態にさらされていた。『お前はどっちなんだ。政府か。それとも反政府か』と毎日のように疑われ、どうやって逃げればいいのか、どうやって戦えばいいのかを考えていた。そんな毎日の中、子ども心は完全に奪われ、彼らのふるまいはまるで、さまざまな苦労をしてきた大人の男性のようだった。衝撃的だった」
トルコでは、戦争によって精神的な苦痛(トラウマ)を抱えている人のためのセンターも訪問し、アレッポから逃げてきた子連れの女性に出会った。彼女の夫は自宅のすぐ外で地雷を踏み、家族の目の前で亡くなった。通常、地雷は、軍隊が通る郊外の道に仕掛けられていることが多く、街中の自宅前に仕掛けるような非人道的なことは非常にまれだという。
彼女と子ども3人、そして夫を獄中で亡くした姉とその子ども4人が一緒にアレッポからトルコにやって来た。しかし、男手を失ったこの家族に、経済的な見通しは立っていない。いまだに難民としての登録ができないまま、仕方なく10歳と7歳の子どもを働きに出しているという。
5カ月前に同じくアレッポから逃げてきた別の一家は、兄弟全員が発育障がいと思われるほどに痩せていた。夫は空爆によって大けがを負い、女性の父親は空爆で死亡、一緒に住んでいた友人の家も空爆により焼失し、友人も亡くなった。
この一家は、スナイパーが狙う道路を、空から爆弾が雨のように降る中、奇跡的に車で走り抜け、トルコまでやって来た。しかし、この一家が直面したのも同じく経済的な困窮だった。子どもたちが働きに出ているが、食べていないため、仕事中に何度も貧血を起こして倒れてしまい、3日でクビになった。
アグネスさんがバッグの中にあった少しばかりのお菓子を渡したら、幼い女の子は驚くほどに喜んだかと思うと、小さなせんべいの袋から少しずつ兄弟に分け与えたのだ。「これは堪えました」とアグネスさんは涙ぐみながら話した。
「戦争って、子どもをものすごく早く大人にしてしまう。女の子は早くに結婚させられ、男の子は早くから家族を養っていかなければならない。小さい子どもも『静かにしなさい』と言えば、すぐに静かにする。子どもは子どもらしくというように、無邪気でいることはできない。
シリアの内戦はいつ終わるのだろうと思う。故郷を失う気持ち、離れなければならない気持ちは、想像もつかない。長期化するキャンプ生活の中で、難民自身にとっても、彼らを受け入れた国にとっても、『難民がいるから社会がよくなった』という支援、活動が必要なのでは」
この報告会の後、本紙のインタビューに対して、カトリックの信徒でもあるアグネスさんは次のように答えた。
「イエス様の教えは、『兄弟姉妹』を愛するということ。私はこの教えを守りたい。シリア難民の方々は本当に苦しい状況にあるにもかかわらず、逆にイスラム教徒である彼らから学ぶことも多い。難民の問題は世界全体を揺るがしている。まずはシリアの内戦が早く終わることを何よりも祈っている。難民を受け入れている国々でも、さまざまな議論がある。外から人が入ってくると、土地だけでなく、心のスペースも狭くなってしまう。この心のスペースを広げて、支援に取り組むことが必要だと思う」