トランプ本の決定版?! 共和党側から見たトランプ政権の内実!
渡瀬裕哉著『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』
読み進めながら、何度も声を上げそうになった。トランプ本が、昨年末以来一気に増えてしまった。少々食傷気味であり、どれもが「これからのトランプ政権」を予想するものばかり。決して悪いことではないが、これからのことなら、誰だって何だって言える。
しかし、著者の渡瀬氏は、初めからトランプ優勢を伝え、しかもその分析も丁寧に行っている。特にセンセーショナルな言葉が飛び交う最近のメディアに対する辛辣(しんらつ)な批判は秀逸である。多くの日本人がどうして「トランプ大統領誕生」に衝撃を受けたのか、その大半の咎をメディアに求め、しかもどの点が「咎」と見なされなければならないかを明確に指摘しているのは、本書をおいて他にないだろう。
「トランプ支持派」として福音主義者が挙げられ続けることに対し、大きな違和感を抱いてきた筆者は、その主張があながち主観的で感覚的なものではなかったことを、本書の第1章で確認できたことは大きい。トランプ支持者に関して渡瀬氏は、はっきりとこう述べている。
「トランプ支持者と共和党支持者全体とのイメージの乖離(かいり)が小さいことは、トランプ支持者がやや保守的な傾向を持つ素朴な有権者、つまり伝統的な共和党支持者の集合であることを意味している」(25ページ)
では、なぜ渡瀬氏はこれほど闊達(かったつ)に共和党やトランプ支持者に関して語ることができるのだろうか。それは筆者の経歴を見ると一目瞭然である。渡瀬氏は共和党保守派に人脈があり、彼らが集う年次会に日本人として唯一招待を受けるほど、「共和党」を肌感覚で受け止めることができる立場にあったからである。この視点は、私の感覚に近いと思われる。
私は大学院で「米国福音派研究」を専攻した。そして自身もこの枠に属し、しかも福音派の友人が実際に多くアメリカに存在する。彼らと交わり、彼らの教会に出向き、そして感じる雰囲気は、メディアや外側から「分析」や「評論」する目的で近づいてくる者たちにはなかなか分からないものである。
渡瀬氏がメディアに辛辣な眼差しを向けるのは、リベラリズム的な視点からすでに批判精神を抱いてトランプ氏を評価しようとバイアスがかかっているためである。私も含め、日本のメディアに流れてくる情報は、確かに「反トランプ」「ヒラリー有利」なものばかりであった。
特に今回は「福音派がトランプを支持した」という論調が多くの誤解を与えてしまったと筆者は思っていた。かつて福音派も「宗教右派」として狂信的な原理主義者に祭り上げられた経緯があったため、トランプの人となりとかつての宗教右派(福音派)が重ねられて論じられることは避けられないだろう。しかし、それが大きな誤りであり、実は忌み嫌っていたトランプの近くに行かなければ、物事の本質が見えないのだ、とする渡瀬氏の主張は、そのまま米国の福音派にも当てはまる構図である。
面白いなと思えたもう1つの点は、ヒラリーが民主党代表となることを嫌ったサンダース支持者たちがトランプ支持へ回ったのではなく、第三極政党(リバタリアン党・緑の党)へ流れたという調査結果である。そうなると、トランプはやはり共和党支持者から票を得たことになるし、ヒラリーは相当嫌われていたということになる。
渡瀬氏の共和党分析の中では、「共和党主流派」と「共和党保守派」が分けて語られている。トランプが最初に支持を得たのは保守派であり、主流派は保守派から見ると「名ばかり共和党員」ということになるらしい。そして、主流派の中から共和党大会での造反が引き起こされ、それがメディアによって強調されて報道されることになった、というのが渡瀬氏の読みである。
では、「共和党保守派」とは一体どんな人々なのか? 彼はこの人々を「アメリカ建国の理念に基づいて行動する人たち」と評している。これはとても大切な視点であると思う。私も昨年は「2016年大統領選挙」についてシリーズで述べさせていただいたが、常に「このアメリカなるもの」に立脚して述べたつもりである。
特にこのような政治的な出来事を論じる場合、時々刻々と変化する情勢を細かく調べ、その解釈を「政治的」「外交的」に行う視点は確かに得るものがある。しかし、そこに気を付けなければならないこともある。それは、目先のさまざまな現象を逐一トレースし過ぎるあまり、前後関係をあまり考察せず、場渡り的になったり、個々の出来事が何の連関もないまま垂れ流されてしまう危険性が常につきまとう。
筆者はどうしてもこのような在り方を「表層的」と捉えてしまう。もっと人間の行動原理は複雑で、しかもその言動をしている本人には意識されないレベルで文化や環境によって規定されているものである。その辺りまで深めて、話題となっている出来事をひもとくことこそ、起こりつつある出来事の本質をつかむことにつながると信じるものである。
そういった意味で、渡瀬氏が第2章以降でトランプを取り巻く人々(本のタイトルを引用するなら「黒幕たち」)を分かりやすく解説していることは、ドナルド・トランプという人物の内面を語る以上に、「トランプ政権」の色合いをはっきりと示しているように思われる。彼らは皆「共和党保守派」に位置し、その本質的な部分で「自分たちがアメリカの理念を現代に体現している(体現しようとしている)」という自負を持っているのだ。
本書を通して、私の中にあったもやもやが消えていく感覚を持つことができた。それは、ポリティカル・コレクトネスを意識するあまり、あらゆることがリベラリズム的傾向で判断され、米国保守派の本質的な健全性が一段下に見られてしまうという現象が確かに存在していたのだ、と憚(はばか)ることなく主張できるということである。
同じような偏見に福音派も晒(さら)されてきたからである。そして今は「トランプ支持層=福音派(主義者)」というレッテルを貼られることで、本来米国キリスト教が持っているダイナミズムの本質を、「狂信的」「差別的」という言葉によって貶(おとし)められつつある。
渡瀬氏は第5章で今はやりの「ポピュリズム」を取り上げて、同じようなバイアスがあると主張している。この辺りはこれから私も学んでいくことになるが、各地域や文化に根差したポピュリズム運動という複眼的な視点を得ることができたのは、とても大きなことである。
決して読みにくい本ではない。むしろ分かりやすく、従来の「トランプ本」とは異なる新鮮な魅力がある。ぜひ手に取って読んでもらいたい。
渡瀬裕哉著『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(2017年4月、祥伝社)
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