「小江戸」と呼ばれ、蔵造りの街並みを残す埼玉県川越市。江戸時代から何度も建て替えられてきた木造三層やぐらの「時の鐘」がそびえ、ひときわ目を引く。ちょうど桜が満開で、大勢の観光客でにぎわっていたが、見渡してみると、空き家となった古い住宅や店舗も点在している。
そんな街並みを一望できるビルの一室に「荒木牧人建築設計事務所」がある。一級建築士としてリノベーション(有効活用)を積極的に推奨している荒木牧人さん(42)に今回は話を聞いた。
ボロボロの建物ほど、いとおしい
荒木さんは、「あるものを生かそう」「もっと楽しく」の視点で、特に解体されることなく残されている空き家・空き店舗に着目して、リノベーションに取り組んでいる。
空き家を見つけると、住人がいるのか、誰が所有しているのか、積極的にリサーチしていく。「ボロボロの建物ほど、いとおしく感じますね」と笑顔で語る。
仕事では教会建築にも携わるが、新築すると膨大なお金がかかるため、現在の状態からいかに快適にできるかを工夫し、提案することも多い。
知恵を出し合って「市民力」復活を
また、近くを流れる新河岸川(しんがしがわ)で何か楽しいことはできないか、河川敷を有効活用できないかと考え、県に許可を取ってカヌー遊びを始めたという。すると、「ここでカヌーができるのですね」「いいですね」と声を掛けられるうちに、だんだん行政や近所に知られていった。
良いと思ったら、会員制交流サイト(SNS)を駆使して情報発信を続ける。すると、時にそれが行政まで動かすことがあり、市長が「話を聞きたい」と連絡をしてきたこともあったという。
「一緒に知恵を出し合って、もう一度『市民力』を復活させたい」
ビルの最上階が共同ワークスペースに
「面白いところがあります」
そう言って案内されたのは、オフィスのあるビルの最上階だった。もともと大家さんが住んでいたが、高齢で管理が行き届かなくなったところを、荒木さんが「有効活用したい」と申し出て、そのスペースを提供してくれたのだという。
かなりノスタルジックな昭和の香り漂う階段を上ると、天井の鉄筋やコンクリートがむき出しの部屋が現れた。広くて日当たり抜群のバルコニー付きで、椅子が並べられている。
「この場所で教会のキャンプもできますよ。バルコニーで横になれば、星空も見られます。会議や音楽好きには、フリースペースとして使ってもらうこともできますね」と楽しそう。トイレや水道もあり、すぐ近くには銭湯もあるので、興味のある人は問い合わせてみてはどうだろうか。
生き方や関係を通して証しをする
荒木さんは牧師家庭に生まれ、5人兄弟の長男として育った。現在も、父親(寛二牧師)が牧会する上福岡バプテスト教会に通うクリスチャンだ。
4児の父親でもあり、PTA会長や自治会長も務めながら地域での人脈作りも欠かさない。気軽に声を掛け、あいさつする優しい人柄に、自然と人が集まってくる。仕事でも積極的にネットワークを広げている。
荒木さんは「クリスチャンはもう一回、世界を見渡してほしい。視野を広げることが大事」と語る。自分はクリスチャンだと懸命にアピールすることも大切だが、日本の社会ではあまり効果的ではない。むしろ生き方や関係を通して、「あなたはクリスチャンだったのですね」と気付いてもらえるような生き方をしたいという。「人はうわべを見るが、主は心を見る」(Ⅰサムエル16:7、新改訳)が好きな聖句だ。
まちづくりに大切な「80%」とは?
次に向かったのは、西武新宿線本川越駅のすぐ近く、ブルーシートで覆われた改装工事中の現場だ。ここはもともと、築60年になる店舗併用住宅だったが、それを解体するのではなく、そのままの味わいを残して、6月に飲食店などをオープンする予定だ。
荒木さんは本業の建築設計事務所以外に、川越在住の不動産や飲食業を営むメンバー3名で民間自立型まちづくり会社「株式会社80%」(エイティーパーセント)というエリア・リノベーション会社を立ち上げた。観光地化した川越で、地元の人が気軽に集まり、子どもからお年寄りまで愛される空間を目指すという。
「80%」とはどういう意味かと尋ねると、次のように答えてくれた。「この世界って、10かゼロ、100かゼロではないですか。『ちょっと力を抜こうよ』という意味です」
地元に密着し、地域と楽しく明るく頑張る建築士、荒木さんは最後に次のように語ってくれた。
「クリスチャンだからこそ、最高級のものをお届けしたい。神様にしているように、神様にささげるように、皆さんと接しています」
「見えないところも忠実に」。それがモットーだという。これが成功の秘訣(ひけつ)だろう。
■ 荒木牧人建築設計事務所
■ 株式会社80%