アマチュアの福音落語家として活躍するゴスペル亭パウロさん(本名:小笠原浩一)。大宣教者パウロのようにと、故・山本杉広(すぎひろ)牧師が命名した。表情豊かで軽快な話術が魅力だ。
「日本人の心にすんなり入り込む落語の世界から福音を伝えたい」。そう語るパウロさんに、クリスチャンとしての歩みと福音落語の世界について聞いた。
生協から幼稚園バスの運転手に
パウロさんは、日本の生活協同組合の創始者でクリスチャンである賀川豊彦に憧れ、大学でも賀川についての卒論を書いた。調べていくうちに「なぜ、ここまで人のために仕えるのだろうか」と、強く影響を受けていく。
22歳で大学を卒業し、わかやま市民生活協同組合に就職、31年半、協同組合運動を進めてきた。35歳の時に所長に抜擢。仕事でトラックを運転し、一方で管理職という立場から多くの業務に追われる日々だった。「正直、家族で祈ったり、ゆっくり会話したりすることが全くできなかった」と、当時を振り返る。
2016年8月31日。定年まであと5年を前にしてパウロさんは生協を退職し、翌日、ハローワークへ足を運んだ。福音落語の働きを理解してもらえる職場、土日祝日と休めて、残業もない仕事を祈り求めていた。「求人リストの一番上に表示されるところに決めたい」と考えていたという。
それは「幼稚園バスの運転手」だった。しかも妻の純子さんにそのことを話すと、そこは長女の彩さんが働くキリスト教幼稚園だと言われたのである。
しかし純子さんは迷っていた。「娘が嫌と言えば、応募するのは辞めてほしい」。もともと持病を抱えていた夫の体が心配だったのだ。「それよりも、家でゆっくりできればいいな」
ところが長女の彩さんは、「生協でお父さんの代わりは見つかるけど、幼稚園の仕事にお父さんの代わりはいない」と勧めてくれた。また、園でも「良いクリスチャンの運転手が見つかるように」と祈られていたという。純子さんは、「神様が導かれるままに」と祈った。
園の面接でも、「パウロさんの福音落語の働きに協力したい。免許を取ったら、すぐに園に来てほしい」と歓迎された。パウロさんは退職してわずか8日目から自動車学校へ通い始めたのである。
無事に免許を取る
ところが、中型免許修了検定で緊張のあまりエンストを起こしてしまった。
「私が運転に対して高慢にならないよう神様に祈りました」
後方間隔というバックの試験では、荷台とポールの距離を50センチ未満で停車しなければならない。台風の影響で視界の悪い雨模様だったが、試験の30分間は雨がやみ、見事合格できた。
「バックモニターは付いていませんから、雨だったら不合格だったと思います。『こまこい』(和歌山弁で『細かい』)ところまで神様は憐れんでくださるんやなあと感謝しました」
こうして、パウロさんは晴れて「幼稚園バスの運転手」としてデビューしたのである。
大勢の子どもたちを乗せて運転するのを「幸せな空間ですね。イエス様が子どもたちを愛された理由が分かります」と、子ども好きのパウロさんはうれしそうに話す。
神の声を聞き、夫婦でバプテスマを受ける
これらのことは全て神の導きだと感謝するパウロさんは、どのようにイエスを信じたのだろうか。
「長女がまだ1歳の時に、妻が教会の子育てサークルに通うようになりました。そのうち『イエス様』『神様』という言葉が妻の口から出始めたので、『それはちょっとなあ・・・』と。だから、『教会は辞めなよ』と言ったのです」
ところが、髪を洗っていたら、「教会へ行け」と清々しい声が聞こえてきた。パウロさんは仰天して途中で風呂場から飛び出し、純子さんに「教会行くわ!」と告げる。突然のことに純子さんは「アホちゃうか!」と笑ったという。
こうと決めたら突き進むタイプのパウロさんは、純子さんが通っている教会へ電話をした。山本牧師が開拓した「和歌山ゴスペルライトセンター」だ。山本牧師は、教会開拓、地域伝道に使命を持ち、キリスト教出版オリーブ社を設立。多くの執筆と聖書講演に各地を回った著名な牧者である。
初めて足を踏み入れた教会の印象を聞くと、「温かい風呂に浸かって、ふわーっという感覚」と落語家らしい答えが返ってきた。やがてパウロさんは信仰を持ち、また胆のうにあったポリープも神によって癒やされた。こうして23年前の4月24日に夫婦そろってバプテスマを受けたのである。
その後、パウロさんは、山本牧師が作った聖書劇「十字架の右」を教会で演じていたが、やがて教会が移転し、スペース的な問題もあって上演が難しくなった。その時に、何か1人でできることはないかと考えて出会ったのが落語だった。
「近所で桂文華(かつら・ぶんか)さんの独演会が開かれたんです。それで自分も落語をやりたいと考え、桂文枝(5代目)の弟子である桂枝曾丸(かつら・しそまる)師匠に手ほどきを受けて、3年前からクリスチャン落語家として高座に上がるようになりました」
当初は独学からスタートしたが、「真似事では面白くない。基礎が大切や」と痛感し、ワークショップへ通い、話術を習得していった。自身が原点だと述べる寄席(ワークショップ)では、大勢の観客の前で緊張して肝心のまくらを飛ばし、家族をハラハラさせることもあったという。しかし、亡くなった山本牧師をはじめ、教会員や家族は聞き役、祈り手としてパウロさんをずっと支えてきてくれた。
「『十字架の右』という教会の聖書劇から始まったの私の働きは、ようやく離乳食から固形食を食べられるところまで神様に育てていただきました。神様に必要とされているなと感じます」
福音落語とは
「関西を中心に江戸時代中期から続く上方落語は、大衆向けで、老若男女問わず楽しめる日本の伝統ある笑いの文化です」とパウロさん。実際に近年も落語ブームで、仕事帰りにふらっと立ち寄れる落語カフェは人気がある。
パウロさんは、実際に演じながら落語について語ってくれた。噺家(はなしか)は体の向きを変えながら1人で何役も演じなければならない。これを「上下(かみしも)を切る」という。表情豊かにまるで別人のように男性や女性、老婆を演じ分ける姿は圧巻だ。
落語の魅力は「その世界に入り込めること」だとパウロさんは語る。落語は聞き手の想像力と噺家の語りとの相乗効果で成り立っている。
「聞いている人が身を乗り出してくれれば、入り込んでくれているしるしですね」
ある時、クリスチャンである露の五郎兵衛(つゆのごろべえ、2代目)の書籍『五郎は生涯未完成 芸と病気とイエス様』(いのちのことば社)を純子さんが読み、またその娘の露のききょうさんと出会ったことで、パウロさんは「福音落語会」へ導かれていく。
「2013年9月28日、大阪クリスチャンセンター(大阪市中央区玉造)で開かれた『笑いと賛美のバラエティー Show』に家族で行かせていただきました。そして、露のききょう師匠から『クリスチャンばかりで落語会をしたい。その候補者になってほしい。牧師に相談してほしい』と誘われたのです。山本牧師は『超教派の働きか。ならば、頑張りなさい』と承諾してくれました」
2014年6月24日に開催されたゴスペル落語会でパウロさんは「罪許された女」(作:山本牧師)を演じた。その際、「クリスチャン新聞」(いのちのことば社)の取材を受け、記事が掲載された。パウロさんの働きはこのことがきっかけで人々の目に留まっていく。
2千年前の話をどう演出していくのか。まくらでは聖書の歴史的背景、時代の風物を説明しながら忠実に伝えていく。こうしてパウロさんは「福音落語家」として各地を飛び回るようになった。「パウロさんの落語には芯がある」「イエス様が立っておられるようだ」とうれしい反響もあった。
「そのうち、キリスト教の話を江戸時代に置き換えてやってみたいですね。福音落語と古典落語の中間です。クリスチャンではない人にもいい話を伝え、『それ、何の話?』と聞かれたら、『いやいや、実は聖書ではね』と言えるように」
「しんどい時は笑うのはつらいですが、笑いがあった方が乗り越えやすいと思います。イエス様はユーモアのセンスが抜群でした。きっと弟子たちも笑ったはずです。噺家としてこの瞬間に導きたいですね」
神の愛を伝えるパウロさんのこれからの働きに期待したい。
「福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです」(Ⅰコリント9:23)
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