国際ジャーナリストの後藤健二さんがシリアで過激派組織「イスラム国」(IS)によって殺害されて、2年がたとうとしている。シリアの地でこの世の生涯を終えた後藤さんは、私たちに何を伝えようとしていたのだろうか。
ジャーナリストとして生きた後藤さんの半生を描いた音楽劇「イマジナリーライン」の初の東京公演が28日、杉並区にある久遠キリスト教会で行われた。2011年の初上演時には、後藤さん本人も観劇しているという。「照れくさい」と話しながらも、自身を描いた音楽劇を喜んでいたとのこと。上演前には、リハーサル現場を訪れ、自ら演出を加えたという。
脚本、演出を手掛けた馬場さくらさんは、後藤さんをよく知る友人の1人だった。「事件から2年を前に、今まで大阪だけの公演だったが、今回は、どうしても東京で追悼公演をやりたかった」と話す。
後藤さんの体験をもとに作られたというこの音楽劇は、教会にある施設を舞台に、テロリストに殺害された少年の死を通して、真実を伝え、世の中に訴えることの大切さを描いた作品になっている。
劇中には、後藤さんが好きだったという賛美歌「When I think about the Lord」が挿入されている。歌うのは、東京公演から参加のゴスペルグループ「Lovelyz」のメンバーと大阪公演から参加している「ゆかり☆ゴスペル」さん。「後藤さんは、今、天国にいる。私は生前、後藤さんに会うことはかなわなかったが、いつか、私もイエス様が待つ天国に行く。その時には、後藤さんに会えると信じている」と「Lovelyz」のメンバーは話した。
音楽劇後には、トークライブゲストとして先月、『ジャーナリスト後藤健二 命のメッセージ』(法政大学出版局)を出版した映像作家の栗本一紀さんが登壇した。初めてこの音楽劇を見たという栗本さんは、「健二さんの情熱がそのまま劇になったようなパワーを感じた」と話した。
自身もキリスト教徒の栗本さんは、「自分の意思だけではどうしようもない状況になるときが誰にでもある。後藤さんが最期を迎えたのもまさにそういう状況だったのでは。最期に、あの乾いた土地の上で、戦闘員の横でひざまずかされた後藤さんは、彼の命を懸けた最後の中継だったように思う」と話した。
また、ヨハネによる福音書12章24節の御言葉を引用し、「後藤さんはまさに『一粒の麦』になったのだと思う。1粒の麦となって『死ねば、多くの実を結ぶ』とあるように、彼の地上での命は終わってしまったが、多くの実を結ぶのだと思う。今日、このように多くの人が来てくださったのも、彼が結んだ実なのではないかと思う」と話した。
トークライブで司会を務めていた馬場さんは、「この劇を作るとき、後藤さんに話を聞いていて印象的だったのは、『僕は、ジャーナリストである前に、1人のキリスト者です』と言っていたこと」と話した。
会場には、後藤さんがニューヨークに留学していた際に、同じくニューヨークに留学していたという知人も駆け付けた。まだ20歳だった後藤さんは、彼らにもすでに「ジャーナリストになりたい」と志を語っていたという。
「時折、活躍の様子を見ては、『あいつ、本当に夢をかなえてジャーナリストになったんだな、よかったな』と思っていた。あの事件のニュースは本当に驚いた。2年たって、今思うのは『ジャーナリストになりたい』と言ってジャーナリストになり、そしてジャーナリストとして死んでいった健二さんは、ある意味幸せなのかもしれないということ。もう会えないと思うと残念だが、少し時間がたって、そんな風に考えるようになった」と話した。
彼らが手にしていた当時の写真には、まだあどけなさの残る、青年時代の後藤さんが笑顔で映っていた。夢と期待に胸を膨らませ、志を持って飛び込んだジャーナリストの世界の結末が、まさかあのような事件になるとは、その時、想像だにしなかっただろう。もし想像ができていたとしても、後藤さんはジャーナリストの世界に飛び込んだだろうか。今となっては知る術もない。
事件から2年。シリア情勢は、今もなお混迷を極めている。後藤さんが命を懸けて願い、祈った世界平和は、いまだ訪れる気配がない。その日が1日でも早く訪れることを「祈る」ことが、残された私たちにとって最大の責任なのではないだろうか。