「職場や地域社会で接する外国人の宗教について知りたい」「外国人からゼン(禅)やマンダラ(曼荼羅)の話題を振られても何も答えることができないのは恥ずかしい」―こうした要望が増えてきていることを受けて、『図解 世界5大宗教全史』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がこのほど出版された。
多くの信者を持ち、世界の文化、政治、経済に大きな影響を与えている5つの宗教(仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズー教)の成り立ちから教え、相互の関係を歴史的に捉え、豊富な図解で分かりやすく解説した書籍だ。著者は『信じない人のためのイエスと福音書ガイド』(みすず書房)など多数の著書を持つ宗教研究者の中村圭志氏(昭和女子大学非常勤講師)。
世界情勢の変化に伴って宗教に関するニュースが多く耳にされるようになり、これまで日本人にとってはあまり身近でなかったような宗教的背景を持つ外国人の訪日数も増加している昨今、「宗教について知りたい」という声が高まっている。
宗教に関心があるといっても、純粋な知的好奇心によるものから、寺社や教会といった建築物、仏像や宗教画など文化・芸術に触れる中で自然と生まれる興味、さらには宗教の語る死や人生の究極の意味への探究心、とその切り口はさまざま。だが実際、ふだんは「無宗教でいいや」と思っている人が多い日本にあって、紙面で宗教特集が組まれた雑誌や、宗教を概観する新書などの売れ行きは非常に好調なようだ。
ただ現代の日本では、書籍や文化を通じて、宗教的なものに触れている人はそれなりに多いが、宗教全体を俯瞰(ふかん)するバランスのよい知識を得る機会は少ない。教育の現場にいる本書の著者も「ミッション系の学校に通った人ででもなければ、日本人が宗教の教えや典籍について体系的な知識を得る場や機会はほとんどないに等しい」と語る。
こうした現状を踏まえ、人々のニーズに応え得る内容にまとめられたのが本書だ。その特徴は、▽世界の諸宗教の歴史、教え、教典の内容、習慣などを、マクロに、相互に比較しつつ、展望すること、▽細かなことは切り捨てるが、重要箇所についてはクローズアップしてディテールに踏み込むこと、▽この2点をチャートやイラストのアナログ情報に生かすこと。
宗教ごとに異なる複数の執筆者が共著した書籍はすでに多く出版されているが、著者が1人で全てを書いている本書は、全体を通して有機的な関連性が残るものとなっており「どの宗教とどの宗教がどのようなつながりを持っているのか」が浮き彫りになるように記されている。解説文と図解が見開きで1項目になっているので、関心のある項目どこからでも読み始めることができる、図鑑や辞書のような読みやすい構成になっているのも魅力だ。
特別な信仰を持っていない人以上に、クリスチャンはキリスト教以外の宗教に対して関心が薄いことが多い。他宗教の教えに触れることで自分の信仰心が揺らいでしまうのでは、と少なからず警戒心を抱いて距離を置いている人もあれば、「正しいのはキリスト教だけだから」と拒絶するように耳を傾ける姿勢をとらない人もいる。(その対極にいる「どの宗教も素晴らしい」とあらゆる教えをつまみ食いする、元来宗教に寛容な日本人らしい人もよく見られるが)。
「宗教について知りたい」との声が高まっている今、そうした関心のある人々から「宗教をやっている人」と思われるクリスチャンは、どのような態度でいるべきだろうか。果たして本当に「他の宗教のことはよく分からないけど、キリスト教はね・・・」と話し始めてよいのだろうか。今時代の求めに応じて、本書のような書籍が出版されたのは、こうしたクリスチャンへの問いもあるような気がしてならない。
宗教を相互比較することを通して見えてくる、世界中の人々の心を捉え続けるだけの理由がどこにあるのか、という全ての宗教に共通する人間の本質、そして、それら数多くの宗教の中でなお、キリスト教がただ1つの救いであるゆえんは何か、というキリスト教のセールスポイントは、個人のクリスチャンやキリスト教会の宣教の視野を広げてくれるに違いない。「他の宗教について知ろう」と、まずは本書を手にとってみてはいかがだろう。
中村圭志著『図解 世界5大宗教全史』、6月22日、ディスカヴァー・トゥエンティワン、定価2200円(税抜)
【目次】
第1章 仏教
第2章 ヒンドゥー教
第3章 ユダヤ教
第4章 キリスト教
第5章 イスラム教
第6章 その他の宗教(ロアスター教、ジャイナ教、シク教、儒教、道教、神道)
第7章 宗教学
【著者プロフィール】
中村圭志(なかむら・けいし)
1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。宗教研究者、翻訳家、昭和女子大学非常勤講師。著書に『信じない人のための〈宗教〉講義』(みすず書房)、『信じない人のための〈法華経〉講座』(文春新書)、『信じない人のためのイエスと福音書ガイド』(みすず書房)、『宗教のレトリック』(トランスビュー)、『はじめて学ぶ宗教』(島薗進ほかとの共著、有斐閣)、『教養としての宗教入門』(中公新書)、『教養としてよむ世界の教典』(三省堂)ほか多数。