高齢化社会における宣教活動の一環として、エンディングセミナーの開催や葬儀・納骨堂設置の実践といったミニストリーを計画しているウェスレアン・ホーリネス教団淀橋教会(東京都新宿区)は、「自分が死んだらどうなるのだろうか」と深刻な悩みの中で苦しんでいる日本全国の高齢者を救うために、教派を超えた多くの教会と協力してこの問題に向き合っていきたいと、同教会で18日、各教会の牧師や役員を対象にした無料の終活セミナーを開催した。葬儀・墓地コンサルタントの吉川美津子氏を講師に招き、教会が地域の高齢者へアプローチするきかっけを得ようと、特にキリスト教会の外の一般社会における葬儀・墓の現状について学んだ。
同教会の峯野龍弘主管牧師は、急速に高齢化が進んでいる現代の日本社会において、少子化の加速や労働力の低下といった高齢化に伴うさまざまな問題について議論が行われる中、一番本質的な「死」と人々が真剣に向き合う場面は決して多くはない、と指摘する。全ての人間が避けて通ることのできない問題でありながら、死について考えるべきことが大きくなればなるほど、それを避けようとする日本社会にあって、この「死」を最も中心的な問題として掲げているキリスト教会こそが、率先して真剣に、そして絶対的な希望をもって、死に対する明確なビジョンを示す責任があるのではないか、と語った。
また、無縁社会の到来、老後破産・老後離婚の増加など、高齢者を取り巻く厳しい環境がすでにさまざまな問題として浮き彫りになりつつある。寺社仏閣の減少や団体宗教の消失と相まって、心身共に頼るべきところがなく「自分が死んだらどうなるのだろうか」と悩み苦しんでいる高齢者が非常に多く存在する。人々が死と向き合う機会を作り、苦しみの中にある高齢者を救うことを、今の時代に生きる教会の使命と考える同教会は、▽エンディングセミナーの開催、▽葬儀全般の監督と納骨堂の建設・運営、という2つの柱を中心に、この使命に応えていくミニストリーを考えている。
その計画に当たって、他の教会と意見・情報を交換する場を設けるための第1弾として企画されたのが今回の終活セミナー。東京都内を中心に約20人ほどの牧師・役員が集まり、自教会の現況に照らし合わせながら吉川氏の話を聞き、今後の在り方を具体的に構想する時間を持った。
講師の吉川氏は、葬儀業界や墓石・仏壇販売業界での実務経験を持つ、葬儀・墓地コンサルタント。関連する著作も多く、一般のコンサルティングだけでなく、企業を対象にしたコンサルティングも行い、最近ではTV・ラジオなど各メディアにも登場して活躍の幅を広げている。葬儀、墓それぞれのテーマだけでも1冊の本が書けてしまうほどに学ぶべきことが多いため、今回のセミナーでは、昨今の日本の葬儀・墓の「現状」に焦点を当てて話した。吉川氏によると、特に首都圏近郊の葬儀・墓事情は、「簡素化・個性化・個人化」の3つのキーワードで説明することができるという。
葬儀についていえば、直葬・家族葬(密葬)が増えたことで、葬儀の日程や式の次第が以前より短くなった。葬儀費用もゆるやかに下がり、葬儀社への支払いは、削られる部分はもう削られきったところまできているという。また、3つのキーワードの中でも特に顕著なのが個性化で「自分らしく送られたい、自分たちらしく送りたい」という傾向が強まっている、と吉川氏は話す。
その人らしさを前面に押し出し、参列者が故人を心から偲べるような葬儀への希望が高まっており、参列者に配られるあいさつ状を自分の言葉で記しておいたり、その人らしい表情の写真を遺影のために事前に準備する人も多く、葬儀社などが開催する遺影撮影会は毎回大盛況だという。通夜には、故人が大好きだった食べ物や飲み物が振る舞われ、ガーデニング風、ぬいぐるみを並べてなど、祭壇にも個性が表れるようになっている。
墓も同じように、従来の縦長の和型墓石から横長の洋型墓石が増え、ステンドグラスが組み込まれたものや、オリジナルデザインのものも多数見られるようになり、都心部では芝生が敷かれたお洒落な墓地や、骨壷が1つ置けるほどの小さな区画に整備された墓地、ロッカー式の納骨堂が増え始めている。
墓については、近年、無縁墓の増加が問題になってきている。熊本県の人吉市では、調査の結果、1万5123基のうち6400基が無縁墓で、約4割の墓において継ぐ人がいないという実態が明らかにされたという。無縁墓は撤去して整理するのにも莫大な予算が必要になることから、全国の市町村が頭を悩ませているそうだが、その防止策として挙げられる1つに「寺や教会が子どもに代わって管理する」があり、事実そう希望している人は非常に多くいるのだという。
さらに葬儀・墓の問題の一歩手前、人々が亡くなる場所のこれからについても、吉川氏は「自宅で亡くなる人が増加するだろう」として、宗教者の担う役割の大きさについて話した。医療機関の病床の数は現状維持のままで、介護施設で亡くなる人が今の2・5倍ほどまで増えることが考えられるそうだが、介護施設にも入ることができなかった人、そして自宅療養希望者が増えていることを踏まえると、特に自宅で息を引き取る高齢者が確実に増加していくことが予想されるという。
介護士として介護施設や訪問看護の現場でも仕事をしている吉川氏は、自身の実際の体験から「宗教者である牧師たちには、この看取りの場面を大切にしてほしい」と呼び掛ける。介護士である吉川氏にも、高齢者たちが死への不安をもらすことはあるそうだが、介護士は身体的補助に手いっぱいで大抵の場合、その不安にしっかりと耳を傾けることができるだけの時間的な余裕がなく、自分を落ち着かせるために、暴力や自傷行為に走ってしまう高齢者の姿に吉川氏は心を痛めているという。「ボランティアとして来てくれる牧師は多いが、短い時間では本当の心のうちを知るには十分でない。30分、1時間かけて一緒に食事をするなど、もう一歩踏み込んで向き合う時間をとってほしい」と語り、高齢化社会における牧師、教会の働きの可能性を示した。
吉川氏の講演後には、参加者との質疑応答の時間も設けられ「教会に納骨堂をつくるにはどうすればいいのか」「地域に住む生活保護受給の高齢者が亡くなった場合、行政とどのようにやりとりすればいいのか」「家族葬を希望された場合、参列者への声掛けはどのようにすべきか」と、実践的な質問が次々と投げ掛けられた。
「無宗教での葬儀が増えているように思われるが」という質問に対して吉川氏は、「確かに増えているが、葬儀・納骨が終わったあとに、『仏教なら初七日、四十九日があるのに』と心の拠り所をどこに置けばよいのか分からずに困ってしまう人が多いよう」だと回答し、「死」の現場における福音宣教の必要性を感じさせた。