NPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会が主催する「第5回サーバント・リーダーシップ・フォーラム」が7月30日、東京都文京区の東京大学伊藤謝恩ホールで開催された。各方面でリーダーとして活躍するゲストを招いての講演と、リーダーシップと教育との関わりについてのディスカッションが行われた。196人が参加した。
「サーバント・リーダーシップ」とは、米国人ロバート・グリーンリーフ(1904~90)が提唱した「リーダーである人は、まず相手に奉仕し、その後相手を導くものである」というリーダーシップ哲学。主催の日本サーバント・リーダーシップ協会の真田茂人理事長は、フォーラムの初めに、イエス・キリストが最後の晩餐で弟子たちの足を洗った絵画を示し、サーバント・リーダーシップの考え方の原点は2千年以上前にさかのぼることを語った。
また、優れたリーダーといわれる人たちは、この言葉を知らなくても、無意識のうちにこの考え方が身に付いているという。そして、「人の役に立ちたい」「奉仕したい」という気持ちそのものが、サーバント・リーダーシップの源泉だと話し、今の日本に必要なリーダーシップであることを伝えた。
今回のフォーラムでは、「グローバル・地域・コミュニティーに求められるサーバント・リーダーシップ」をテーマに進められた。初めに登壇したのは、リーダーシップコンサルティング代表で、元スターバックス代表取締役最高経営責任者(CEO)の岩田松雄氏。リーダーの大きな仕事を「ミッションを語ること」だとする岩田氏は、この日も「ミッション:リーダーの原点に戻る」と題して話した。
企業の存在理由を「世の中を良くするため」と考え、会社の利益はそれを達成する手段であり、ミッションの目的ではないと話す。そして、組織の中において大切なのは、ミッションの一致であり、その一致の上での信頼だという。「会社は従業員を信頼し、従業員も会社を信頼する」といった関係は、ミッションの一致をもって実現すると述べた。
岩田氏は、リーダーは大きなパワーを持つと同時に大きな責任が伴うと言い、従業員より先に弾丸の中に飛び込んでいけるだけの覚悟が必要であることも伝えた。そして、自身がこれまで歩んできた道を振り返り、その時々に一生懸命取り組んできたことが1つも無駄になっていないこと、努力したことが必ず報われることを強調し、「絶えず進め、より遠くへ。より高みを目指せ」というニーチェの言葉を会場に向けて送った。
次に登壇した元ベーリンガーインゲルハイムジャパン社長の鳥居正男氏は、7月にノバルティスホールディングジャパンの社長に就任したばかり。外資企業という視点に立って「グローバルリーダーに必要なこと」と題して語った。
鳥居氏は、マネジメントとリーダーシップの違いを明らかにした上で、社長である自分の仕事は、社員に尽くすことだと語った。そして、日々心掛けていることは「心から感謝する、気配りを忘れない、いつも謙虚に」だと明かした。
また、社員にやる気を起こさせるコツについて、一緒に汗を流す、叱るときにはメールは使わないなどと具体的に説明し、人から与えられた権限ではなく、人間として持っている魅力こそが最終的にリーダーを作ることになると話した。
さらに、コミュニケーション力については、伝えたいという情熱が大事だと語った。そして、目標を達成するには強い意志を持たなければならないとし、その際の努力は決して無駄にはならないと励ましのメッセージを送った。
3人目のゲスト登壇者は、NPO法人コミュニティ・オーガナイジング・ジャパン代表理事の鎌田華乃子氏。コミュニティ・オーガナイジングとは、市民の力で自分たちの社会を変えていく方法のこと。キング牧師による公民権運動や、ガンジーによる独立運動など、多くの市民が結束することで社会を変えてきた。日本各地でもすでに実践されており、この日は、その紹介やコミュニティ・オーガナイジングにおけるリーダーシップの在り方について説明した。
コミュニティ・オーガナイジングでは、人は誰でもリーダーであると考えているが、リーダーシップを発揮するためには、素晴らしい戦略だけではなく、やりたいと思う強い心とスキルが必要だという。また、新しいリーダーシップの形として、中心の1人から、たくさんのリーダーが雪の結晶のように作られていく「スノーフレーク・リーダーシップ」を提唱した。
鎌田氏は、子どもの頃に何度も転びながら自転車の乗り方を覚えたことを例に挙げ、「行動を起こし、何度も失敗しながら(リーダーシップを)学んでいけばいいのではないか」と語った。
3人の講演の後、横浜女学院中学校高等学校校長の平間宏一氏、愛媛大学社会共創学部地域資源マネジメント学科准教授の山中亮氏、教育改革実践家で奈良市立一条高等学校校長の藤原和博氏、そして真田氏が登壇し、「学生時代にリーダーシップを身に付ける価値」をテーマにパネルディスカッションを行った。
山中氏は、自身が受け持つリーダーシップ入門という科目について説明した。そこでは、1年生の時に「なりたいリーダー像」を明らかにさせ、4年生の時それがどのようになっているかを追っていくという授業スタイルになっており、サーバント・リーダーが備える能力・資質を理解し、学部で学び続ける素養を身に付ける科目となっていることを語った。
横浜女学院は、プロテスタントのキリスト教の教えを柱とする女子中高一貫校で、現在生徒数は834人。平間氏は、マタイによる福音書の「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい」を引用し、社会に貢献する真のリーダーとなるためには、人の喜びや悲しみを自分のことと捉え、行動できるようになることが大切だと語った。
同校では6年間かけて「コミュニケーション能力」「リーダーシップ」「データ情報の分析能力」「代替案の思考力」「交渉力」「体系的な思考力」の6つの力を養成することを目指しており、リーダーシップは中学2年の授業科目となっている。
授業では日本サーバント・リーダーシップ協会とも連携しているという。その授業を通して生徒たちは、リーダーが、単に命令したり、威張ったりする人ではなく、人を感動させることなのだと気付くなど、本来のリーダーの役割を体験的に学んでいることを報告した。
平間氏は、「われわれのミッションは、何十年か後、世界がどのように変化していようとも、人と神に感謝できる生き方を生徒たちができるようにすること」だと述べ、「生徒たちの将来のためになる教育をしていきたい」とリーダーシップ教育の意義を語った。その上で、「生徒たちはこれから、いろいろな形でリーダーになっていくと思うが、一人一人が仕える者となってほしい」と希望を述べた。
都内で義務教育初の民間校長として杉並区立和田中学校校長を2003年から5年間務めた経験も持つ藤原氏は、登壇した講演者や平間氏、山中氏とは違った角度からリーダーシップについて語った。「未来を開く力」もリーダーシップだと思っているという藤原氏は、パーソナルコンピューターの父と呼ばれるアラン・ケイの有名な「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」という言葉を引用し、「希少性」に注目した。
藤原氏は、日本社会での賃金を全て時給に換算して横軸で表し、「希少性」のある職業こそが高い賃金を得られることを図で示し、人と同じことをする必要は全くないと伝えた。そして、「オタク」で孤立していたり、「いじめ」に遭い苦しんでいたりする子どもたちこそが、この「希少性」をつかみ取る大きな可能性を秘めていると話し、希少性を生み出す能力や、未来を発明してしまえる力量を持つ子どもたちがリーダーシップを発揮し、活躍できる社会に期待を寄せていると語った。
この日のフォーラムについて真田氏は、「回を重ねるごとに集まる人たちが増え感謝しています。環境の変化により、リーダーがメンバーを支配する従来型のリーダーシップではなく、リーダーをメンバーが支援・サポートするサーバント・リーダーシップがさらに重要になっていくと思っています。次回のフォーラムにはクリスチャン起業家の方にもぜひ多く参加していただきたい」とサーバント・リーダーシップのさらなる広がりに期待を示した。