アフリカの地で、一人でも多くの「仕える心」を持ったビジネスリーダーを育てようと、聖書の教えに基づいたビジネス教育を行う「アフリカン・ビジネス・インスティチュート」(ABI)の設立に向けて、自身もクリスチャンである日本人の元銀行マンが働きを進めている。その人、塩光順さんによると、今やアフリカは、「革新的なアイデアを実行し、収益を上げるのにふさわしいビジネス環境が整いつつある」のだという。塩光さんの目的は、そんなアフリカのビジネス界で、聖書の言葉を実践できるリーダーを育成することだ。
塩光さんによると、聖書の世界観に基づいたビジネスの考え方とは、隣人と敵を愛し、仕える心を持って生きること、正しいおもり石を使い、お金を愛する心を持たないこと、をいう。ABIでは、聖書の教えを具体的に商売、企業戦略、経営方針などに反映することを教えるほか、「クリスチャンとしてなぜビジネスをするのか」「クリスチャン的世界観においてビジネスの位置付けとは何か」といった、クリスチャンビジネスマンの信念を学び取ってもらうという。
ABIは、アフリカン・バイブル・カレッジ(ABC)グループというクリスチャンの大学チェーンの一つとして設立される。ABCグループは、1976年に西アフリカのリベリア共和国から始まり、現在東アフリカのマラウイ共和国と赤道直下の国ウガンダ共和国にもキャンパスを持つバイブルカレッジグループ。今から40年前、アフリカで牧師育成を手掛けた米国人の牧師夫妻が、アフリカの若者に向けた「教育的かつ霊的な必要を満たすバイブルカレッジ」の必要性を強く感じて設立した大学グループだ。これまでに千人以上が卒業し、ラジオ番組の制作、孤児の看護、学生伝道のリーダー、教会や大学設立など幅広い分野でアフリカの生活改善のために活躍。それぞれの場で欠かせない存在となっている。
英ケンブリッジ大学経営大学院で経営管理学修士(MBA)を取得し、今年2月まで外資系の証券会社に勤めていた塩光さん。熱心なクリスチャンの家庭に生まれ、15歳までホームスクーリングによって育った。日本におけるホームスクーリングの”初穂"世代と言っていいだろう。就職するまでに家庭以外で受けた教育は、母教会である三鷹福音教会の教育機関、福音総合研究所付属クリスチャンカレッジで学んだキリスト教一般教養の5年間だけ。過酷なビジネスに身を置く銀行マンだったとは想像もできない、異色の経歴の持ち主だ。
転機が訪れたのは2012年。友人であるABCグループウガンダ校校長のO・パーマー・ロバートソン博士から、同校で「1週間、経営学のクラスを教えないか」と誘いを受けた。博士は、最低25人の学生を集めることを約束したが、経営学の授業が開かれたことはそれまでに一度もなく、学生の集まる保証はなかった。しかし、翌年6月にウガンダ校で授業が開講されると50人近くが集まり、与えられた教室は学生であふれた。
牧師になるための学びをしている学生が、経営学に興味を持ち、複雑な内容の授業に出席し続けるという驚くべき事実を目の当たりにした塩光さん。自身も銀行マンとしての経験を通じて、聖書の学びと経営学が無関係ではなく、聖書が教える倫理、謙遜、寛容、柔和、正義などがビジネスには必要不可欠であることを体感していたからこそ、「『アフリカのビジネスはここから始まるのだ』という神からの思いを、確信を持って受け取ることができた」と振り返る。
その後、さらにその確信を深めるような出来事があった。ウガンダで塩光さんの授業に出席したある夫婦が、ビーズアクセサリーのビジネスを立ち上げ、年間約40万ドル(約4800万円)の売り上げを維持する企業を作り上げたのだ。彼らは、以前は1日2ドル(約240円)の生活をしていたが、今では350人の従業員を抱え、最も貧しい地域の人々に仕事を提供し、非営利で教育や託児所のサービスを用意し、無利息でローンを与えるなど、2人はビジネスを通じて地域コミュニティーへ積極的に貢献している。さらに、神と人に仕えて生きるという2人の模範は従業員たちにも深く浸透し、従業員たちの中にも「与える」「仕える」という文化が広がりつつあるのだ。
例えば、エイズによる死者が年間6万人を超えるウガンダで、奥地にいる学生に性教育を自発的に始めたのは、2人の下で働いていた従業員の団体だった。「私たちは恵みを受けた身だから、今度は私たちが恵みを施す番なんだ!」と胸を張って言う従業員もいた。また、「ジガーワーム」と呼ばれる寄生虫によって子どもたちの足がむしばまれ、ひどい場合には切断せざるを得ないという問題に対しても、従業員は率先して支援活動を始めた。
この話を一つとっても、アフリカにはたくさんのビジネスチャンスが隠されており、「仕える心」を持ったビジネスリーダーが社会に大きく貢献する機会も多くあることが分かる。だからこそ、「これからのアフリカには、高い能力だけではなく、『受けるよりも与えるほうが幸いである』という聖書の言葉を実践できる経済界のリーダーが必要である」と、塩光さんは考えた。銀行を辞め、アフリカにABIをつくろうと決意した一番の理由はそこにある。
昨年7月、日本で構成したチームのメンバー3人と共に、今度はABCグループのマラウイ校を訪れた塩光さんは、2週間の講義を行い、経営学の他にパワーポイントやエクセルの使い方、映像撮影やイベントの企画法などの授業を行った。2週間の終わりには、5つのグループに分かれた学生のビジネス・アイデア・コンペティションがホテルの大広間で開催され、大勢の来賓の前で、学生たちは学びの成果を最大限に発揮し、盛況を博したという。こうした実績が評価され、その1カ月後に、ABCグループの取締役会でABIの創設が承認された。
塩光さんは、自身が起業したアフリカ諸国を主なターゲットに経営コンサルティング事業を行う「アイディオロジーインターナショナル」(本社・東京都)の代表取締役社長を務めつつ、ABIプロジェクトの総責任者として、2016年夏開校に向け、本格的な準備を進めている。
貧困や汚職など、さまざまな問題がはびこっている今のアフリカに最も必要なのは、「キリストと同じように仕える心を持った倫理観の強い、かつスキルの高いビジネスリーダーたちなのです」と塩光さん。「バイブルカレッジから誕生するABIだからこそ、そのことが可能であると主にあって確信しています」と決意に満ちた表情を見せた。