味の開発人として
今も私は、いろいろな店から試食や試作を頼まれたり、調理を教えに行ったりしていますが、料理というものは手間暇かけて良い食材を使ったからおいしくなるのではなく、食材を生かす調理法と出会ったときにおいしくなるのだということを常々思うのです。
家庭の主婦が作った料理でもおいしいし、高級レストランで食べたから必ずしもおいしいとは限りません。食材が生かされている調理法であれば、簡単なものでもおいしいのです。あまり手間暇かけすぎて、逆に味を殺してしまうような料理と出会うこともあります。
私が大龍の顧問になった頃、スポンサーとして伊藤ハムが大株主になっていました。そして、広尾に「香港ガーデン」という大きな中華レストランを作ったのです。その時、そこに勤めていた料理長と親しくなりました。彼は広東料理が得意でした。
私はよく厨房を訪ねて、広東料理の素晴らしさをそこで学ぶことができました。四川料理、北京料理、上海料理では、スープといえば鳥の骨、豚の骨といった一般的な骨からスープをとることが多いのですが、広東料理のコックたちは丸ごとの鳥とか金華ハム、豚のもも肉といったダシがよく出る高級な食材を煮出します。
四川料理で使うスープというのは、それほど値段が高級なものではないのですが、広東料理のコックたちは200CCでいくら、400CCでいくらと、5倍も10倍もするようなスープを使うのです。
もちろん、スープがおいしいから、それで作った料理もおいしくなります。その店のスープの味いかんにより「店の味」が決まるといいますが、そのくらいスープは重要なのです。
四川料理というのは、香辛料やジャンや多くの調味料を使い分けるので、あまりスープに頼らなくてもかなりおいしい味が出せるのですが、広東料理はスープの味で全てが決まってしまうくらい重要なのです。
この濃厚なスープに、塩とか調味料を入れて作った「広東の塩ダレ」というのは、その店の決めの調味料となります。塩ダレをコックが使うことによって統一した味を作ることができるのです。その店の塩ダレというのは、その店のキーポイントになります。
その素晴らしい調味料を持っていると、全ての料理の味つけが楽になります。おいしく、簡単に味が出せるというこのスープに、私は「広東の白汁」という名前を付けて、メーカーに依頼して使ってもらいました。
一つの調味料があると、100種類の料理、200種類の料理ができるのです。料理教室で教えたり、テレビで実演したりする中で、私はこの調味料を紹介する機会がありました。
このように、一つの調味料で多くの料理ができること――それが中華料理の素晴らしさだと思います。炒め物に、和え物に、煮物に、揚げ物に、蒸し物に、全ての料理に使える調味料――しかも、その調味料の素晴らしさというのは、その個性は前に出ることはないが、食材の味が生かされるということです。
冷凍食材を使ってその調味料を使うと、フレッシュに元の素材の味が生き返るということなのです。「広東の白汁」と名付けた調味料は、今中華街やいろいろな所で販売していますが、使った人から二度と手放せないという評価をいただいています。
もう一つ開発したものは、「黒オイスターソース」と呼ばれるものです。一般に、カキの煮汁で作ったカキ油(オイスターソース)というものがあります。この一つの調味料でいろいろな料理ができます。これもとても便利です。
そして四川料理に欠かせない「唐辛子味噌」(豆板醤[トウバンジャン])があります。これもいろいろなメーカーで、いろいろな味のものがありますが、私はブレンドし、よく炒めて、辛味の一番おいしい状態に仕上げたものを「いため豆板醤」という名称で商品化しました。
これもいろいろな銘柄が世の中に出ていますが、本来は唐辛子と塩という格好で出ています。熟成が進めば当然味はおいしくなるのですが、一般的に手に入るものには、あまり長く熟成したものは多くないようです。辛みと塩辛さはあるけれど、うまみ、深みに関しては、多くの豆板醤はまだ若いものが多いようです。
さらにもう一つ。北京ダックに欠かせない「甜面醤[テンメンジャン]」というものがあります。フルーツを入れて仕上げたのが「フルーツ入り甘味噌」。そしてもう一つは、香りが素晴らしい「ラー油」。このような商品を開発し、皆さんに喜んでいただいています。
同じ名前だがやはりひと手間、ふた手間かけて作った調味料というものは、料理の味を引き立てる大切な役割を果たすものです。中華料理でやはりおいしく作るためには、まず「食材の選び方」。次に「いかに本物の、本格的な調味料を手に入れるか」ということでしょう。
技術はもちろん大切ですが、良い食材があっても良い調味料がなければ、なかなかおいしくなりません。食材がB級であっても、いい調味料があればかなりおいしくできます。そのようなことも中華料理の素晴らしさだと思います。
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