キリスト新聞社と東京基督教大学共立基督教研究所が共催する「教会と地域福祉」フォーラム21の第5回シンポジウムが12日、日本基督教団聖ヶ丘教会(東京都渋谷区)で行われた。「居場所を失う若者たち―教会と地域ができること―」をテーマに、ニートや引きこもりなど、若者たちを取り巻く環境を知った上で、彼らの失った「居場所」をいかに回復できるのかを、地域と教会の課題として共に考えた。
フォーラム21では、「教会と地域福祉」を日本の重要な宣教課題として掲げ、これまでにも高齢者福祉、児童福祉をテーマにシンポジウムを行ってきた。この日は、新潟青陵大学大学院教授で、新潟市スクールカウンセラー、テレビ新潟番組審議委員も兼任する碓井真史氏が、小学生から大学生まで幅広い年代を念頭に置いて、「居場所を失う若者―教会と地域ができること―」と題して基調講演を行った。社会心理学を専門とする碓井氏は学問的観点から、存在自体に不安を感じる若者の状況を分析し、「居場所」の回復の必要性を語った。
碓井氏は、居場所を「ありのままでいられる場所」「癒やしの場所」「役に立てる場所」「活躍できる場所」と定義する。居場所がないと生きづらさを感じ、孤立がスティグマ(汚名)になり、最低限の承認欲求を満たせるように過剰適応し、やたらに優しくなるのだという。自身の勤める大学でも、反対意見や自己主張をしない「優しすぎる若者」が多く、自分だけ浮いて孤独になるのを恐れ、周りに合わせている学生たちの現状を明かした。
また、心理学でいうところの「ギャングエイジ」がなくなり、青年期も「疾風怒涛(どとう)の時代」ではなくなり、大人は敵ではなく、親も乗り越えるべき壁ではなくなっていると昔との違いを話した。さらに、若者の意識を国際比較したデータを用いて「極めて安定した豊かで複雑な現代社会で、何をしなくてもひどいことにならず、何をやっても素晴らしいことが起きないと、青年たちは無気力に陥っている」と分析した。
こういった若者の心が健康になる条件として、碓井氏は「居場所」の回復を挙げる。それは、自分が十分に生かされていることや、欲求が満たされているといった自己肯定感と共に、『ニーバーの祈り』のように、決められないことを、あたかも自分で決めたかのように受け入れるといった自己決定感が得られる場所の回復だ。
さらに、人を許すために自分が許されていることを知ること、人のために働くこと、内面を重視するといった行動習慣により幸福になれるという「ポジティブ心理学」にも触れ、「どの環境でも神様はあなたを愛し、神様が使命を与えその場所に置かれているのだということを教えるのが、教会の役割ではないか」と語った。
この日は、東京基督教大学大学院の教会教職者コースに在籍する近藤真史さんの証しと賛美の時間が持たれた。その後続いて、若者を対象に活動する3団体から3人の講師が登壇し、それぞれの活動について報告した。日本基督教団の学生・青年センター「学生キリスト教友愛会」(SCF)主事の野田沢(たく)牧師は、SCFが、全ての若者の居場所として活動を続けており、その7割がノンクリスチャンだと話した。そして、それぞれが「ここに居場所がある」と感じ、残っているという。
野田氏は、「SCFで感じるように、教会や礼拝の中に、若者たちが居場所を感じられるか。今の教会は、SCFにいる7割の若者のために変わることができるだろうか」と問い掛け、「教会は、50年後100年後をイメージして、教会が『変わらなければならない』ことを共通認識としなければならない」と述べた。そして、「若者が教会に求めているものと、青年宣教における私たちの勘違いを知ることがスタートラインだ」と語った。
東京YMCAがプロデュースする学校外の子ども・若者の居場所「liby(リビー)」スタッフの小倉哲氏は、活動の中で一人一人の「居場所」に関わり続けているという。libyは1998年にスタートし、主に不登校の子どもたちに居場所を提供し、医療・心理・教育・生き方・働き方などを「子ども・若者の目線」で見つめ直しながら活動する団体だ。
小倉氏は、「引きこもり」と「こもり」を比べ、「こもり」には「こもって考える」など新たな決意といったイメージがあるが、その頭に「引き」がつくことで、ポジティブなイメージは全くなくなってしまうと、「引きこもり」についてユニークな視点で語った。「ひきこもってしまうと、身近な人から『隠したいこと』とされ、本来の自分が社会の中からどんどん隠されていってしまう(つまり、居場所を失う)」と話した。
さらに、現在はインターネットの普及や、個人が尊重され過ぎるなど「引きこもり」を生み出しやすい環境にあると危機感を示した。誰でも「引きこもり」になる可能性がある今、偏り過ぎず、バランス良く関係性を持つことを小倉氏は勧めている。「自分とは感覚の違う人を認めたり、受け入れたりすることができる場、豊かな交流の場があるといいと思う。そういう場が教会にはあるのではないか」と語った。
最後に登壇したのは、カトリック青年労働者連盟(日本JOC)全国会長の宇井彩野氏。日本JOCは、18歳から30歳ぐらいまでの働く、働こうとする若者のグループで、札幌、大阪、広島を拠点に活動している。その運動の歴史は古く、1911年にベルギーから始まり、日本では49年にスタートしている。宇井氏は、JOCの活動に2011年から参加し、15年から現職として活動する。
「生活と活動の見直し」を最も大切にしている日本JOCで特徴的なのは、「見る」「判断」「実行」という原則だ。「その人が置かれている現状を見て、判断する。そして、そこから一人一人が大切にされているか、人間らしく生き生きしているかを判断し、現状に応じたできることを考えて実行する」。宇井氏は「こういった行動プランは、日常の些細(ささい)なことから企業の変革プランなどさまざまなシーンで役に立つ」と話した。
今年度の日本JOCの目標は「豊かな場を創っていこう」。豊かな場について宇井氏は、「正当な労働が守られる場、人間らしい健康的な生活ができる場、自分自身に誇りを持てる場、差別なく人とつながれる場」と説明し、「こういった場を、JOCの中、職場の中、さらに社会の中に創っていく」と語った。また、JOCに参加した人の声を紹介し、すでにJOCがそういった場として実際に役割を果たしていることを伝えた。
各講師による講演の後には、講師と参加者によるグループ討議も行われた。話し合われたことを報告し合った後、この日のコメンテーターである東京基督教大学大学院教授の稲垣久和氏がコメントした。
稲垣氏は、カトリックであるJOCの働きを通して、「神の愛」が制度としての教会を乗り越えて、有機的な神のエクレシアというものを作っていくことを教えられたと話した。また、JOCの働きが、潜在的に東京YMCAのlibyや、SFCの働きにも見られるとした。その上で、「教会の外に若者の居場所を作り、そこから教会に人を送り、教会が人を育て、またそういったところに派遣する」という有機的な教会を示し、「そういう広い意味での教会、神様の愛の働く場としてのエクレシアというものを、カトリック・プロテスタントの境を乗り越えて作っていけることをビジョンとして持つことができた」とフォーラム全体を振り返った。
第6回となる次回のシンポジウムは10月に行われる予定。