私たちはどこかに出掛けるとき、「片道2日かかります」とか聞いただけで、どんな遠い所に行くのだろうかと思います。しかし、聖書時代の人々にとって、距離とか時間とかは関係ありませんでした。主が「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります」(使徒1:8)と命じられたら、忠実に従っていました。
古代の人々は、私たちの想像を超えてグローバルな生き方をしていたのではないかと思います。正倉院の宝物の中には、エジプトのものではないかというのも含まれています。奈良の宮殿の跡と見られるところから、メソポタミアの種子も見つかっています。恐らく、シルクロードの最終地点は奈良だったという説にうなずけます。
昔の中東の人がシルクロードの旅に出るときは、片道2年から3年かけています。陸路だけでなく、海路でのルートも確立していました。それだけの膨大な時間をかけても、交易で得たものは大きかったと思います。ビジネスの利益だけではなく、東西の文化の交流にも大きな影響があります。どちらかの文化が一方的に伝わるのではなく、相互に影響を受けていたのではないかと思います。
シルクロードのルートに従って黄金の国、ジパングに足を運んだヨーロッパの人がいたかもしれません。また、日本から出掛けていた人がいても不思議ではありません。
先日あるセミナーに参加しましたが、パネルディスカッションの講師の一人が枕崎の鰹節(かつおぶし)組合の方でした。新聞でも報道されていましたが、枕崎の鰹節工場のフランス支店を準備中で、1年後にはフランスの工場が稼働するという話でした。フランスの職人さんが枕崎で鰹節づくりの訓練を受けておられるそうです。
日本食が世界遺産にも選ばれ、フランスでも日本食のブームが起きているそうです。鰹節を輸入したくても、出汁のもととなる鰹節が製造過程でカビを用いているため、EUの規制にかかるそうです。そういうことだったらフランスで鰹節をつくればいいのではないかということで、関係機関の協力が実を結び、進出が決まったということでした。今後はEU域内だけではなく、北アフリカやアメリカにも販売網を広げていくということでした。
最初にこの話を聞いたときは、何という壮大な計画だろうと思ったのですが、昔の人々の交易の交流やグローバリゼーションの流れを見れば、当たり前のことかもしれないと思うようになりました。
主イエスが「地の果てにまで、わたしの証人となります」と語られたとき、「地の果て」とはどこを指しておられたのか、聖書学院時代に議論をしたことがありました。もちろん、シルクロードの終着点、日本と受け取っても間違いではないと思います。
シリア難民のニュースが毎日のように流されていましたが、マスコミがほとんど報じない隠れたニュースを忘れてはいけないと思います。シリア難民の救出に尽力しているクリスチャンのグループがあります。難民のほとんどがイスラム教徒ですが、クリスチャンたちの熱心な働きに感銘を受け、改宗し、洗礼を受ける人が少なくないそうです。リバイバルが起こっていると話す人もいます。
救出運動を行っている牧師が、私の知人のアメリカの牧師と知り合いだったため、難民の若者とSNSでつながることができました。この若者は「父親も母親も脱出の途中で殺されてしまい、家族の中では自分一人が助かりました。牧師さんたちにはとても良くしてもらい、とても感謝しています。今、心から願っていることは、平和の国、日本に行って、教育を受け、将来はシリアの再建に力を尽くしたいです」とメールしてきました。
もし、日本の国が難民の若者たちの教育に道を開き、この若者たちが祖国の復興に貢献できるなら、とても素晴らしいことだと思います。何とか道が開かれるように祈っています。
ビジネスの世界では、グローバルな感覚を持たなければ、生き残れないかもしれないといわれます。クリスチャンも身近な話題だけでなく「地の果て」にまで思いを広げ、祈りの課題とすることが求められているように思います。
「わたしは、あなたを地の果てから連れ出し、地のはるかな所からあなたを呼び出して言った。『あなたは、わたしのしもべ。わたしはあなたを選んで、捨てなかった』」(イザヤ41:9)
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