『うりずんの風』『翼を持つ者』などの作品で知られるクリスチャン作家・下田ひとみさんの新作『落葉シティ』が7月、文芸社より出版された。この作品は、下田さんが十数年前から書き溜めていたもので、悲願の出版となった。
今までの下田作品は、キリスト教に主軸を置いたいわゆる「聖書的」な作品が多かったのに対し、今回は全くといっていいほどキリスト教色がなく、一般の小説であることから、戸惑いを覚えたファンも多かったことだろう。下田さんに話を聞いた。
「皆さん、『あれ?今回はずいぶん違うわね・・・』とおっしゃいます。事実、発売当初は、一部、厳しい意見もありました。しかし、私としては、今までこうした普通の小説もたくさん書いてきたし、たまたま今まで出版に至ったものが、キリスト教色の強かったものが多かっただけだと思います」と話した。同作の題名は、落ち葉がひらひらと落ちる道を歩きながら思いついたのだという。「作品として出そうと書き始めたのではなく、空想の街を文章化して小説にすることを楽しんでいた」と話した。
作品は、空想上の街「落ち葉シティ」の住人のさまざまな日常と非日常の狭間で繰り広げられる物語が短編の小説となって、全部で8つの短編小説が一つの本になった。
「全部で10の作品を候補として挙げさせていただきました。実はこの中に、私のお気に入りの一作があったのですが、それは選ばれず、他の8つの作品になりました。客観的に作品を読んでいただくのは、本当に面白いし、書く側にとっても大きなメリットがあります」と話す。同作だけではなく、下田さんは、作品のすべてが自分の子どものようだと話す。「じっくり、じっくり作品を練る中で、愛情を込めて作品を作り上げ、世の中に出していくのです。そこからは、その作品の持ち味を生かして、さまざまな人に触れてもらって、その触れた方の人生に少しでも何かエッセンスになればうれしく思います」と話す。
先月、同作の読者や下田さんの友人らが集まって、「出版記念会」がお茶の水クリスチャン・センター(東京都千代田区)で開催された。『落ち葉シティ』の中に入っている作品の一つ「片想い」の朗読と、ピアノ演奏によって同作の世界観を巧みに表現した。この甘酸っぱいような、いかにも女性が好みそうなタイトル・・・と思いきや、同会に集まったのは意外にも男性が多かった。この日、朗読を行ったのは、CRCメディア・ミニストリーなどのアナウンサーとしてお馴染みの熊田なみ子さん。ピアノは、横浜市民広間演奏会会員の吉田恵さんだった。「どのように読むかは、読んだ方が決めること。どんな風に、この作品に音楽をつけるかも、演奏する人が決めることだと思う。すべては、神様が選んでくださり、この機会を与えてくださったのだと思う」と下田さん。
物語は、夫と別れた女性が、傷ついた心のまま自宅に戻ろうと、空港までタクシーに乗ったことから始まる。偶然乗ったタクシーの運転手と傷心の女性。道すがら、女性が運転手の男性に身の上話をすると、飛行機が出発するまでの数時間、街を案内しながらその女性に付き合って、時間を過ごすというのだ。飛行機の時間になると、女性は落ち葉シティを離れて、一路自宅のある街へ。その一年後、メールを週に一、二度やりとりすることになるが・・・。
このメールのやりとりが、甘いようで甘くなく、どこか不思議な雰囲気のあるこの男性からのメールの文面が、切ない恋の行く末を暗示させる。風景描写が巧みなこの作品に即興演奏が加わると、会場がまるで落ち葉シティの中にあるかのように、目の前にその情景が思い浮かんだ。
朗読会は、会場からの大きな拍手の中、大盛況のうちに幕を閉じた。下田さんは、朗読会後、「思った以上の朗読会となった。このように、自分の作品を表現してもらえてうれしい」と話した。現在は、すでに続編に向けて、執筆活動をしているとのこと。次回作を期待する読者も多いことだろう。