『翼を持つ者』『勝海舟とキリスト教』、日本図書館協会選定図書にもなった『うりずんの風』などの著者として知られる下田ひとみさん。柔らかな文体と、誰にでもある日常のワンシーンを切り取ったような作品は、多くの人を魅了する。読み手がキリスト者であるなら、下田さんの作品に登場する多くの信仰上の葛藤や喜び、感謝のシーンは、自身の経験と重なり、より深く感銘を受けることだろう。
原稿は、作家デビューした2005年以来、現在も「ワープロ」を使用し、印刷したものを出版社に郵送で送っているという。時代に逆行しているようにも感じるが、こうすることで、文章を実際に紙に落としたときの感覚を確かめているのだという。「本を手に取ってくださった方の気持ちになって、紙に印字された自分の作品をあらためて読んでみると、何か他の発見があったり、別の感動や感情が湧いてくるときもあるんですよ」と教えてくれた。
下田さんは、22歳で受洗。結婚後、長男、次男をもうけ、夫の仕事の都合で沖縄へ。沖縄で出産した待望の女の子は、心臓に重い病気を持って生まれてきた。毎日が死の恐怖と隣合わせだった。教会のメンバーと共に祈った。「イエス様の愛は条件付きではないのです。無条件に私たちを愛してくださる。娘の病気が分かったとき、代わってやりたいと毎日思いましたが、そんなことできるわけがない。イエス様は、私と娘をそのままの姿で愛してくださるのですよね。それに従うしかありませんでした」と下田さん。生後数カ月であっという間に召天。長男が5歳、次男が3歳のときであった。
「あなたたちの妹はね、天国に逝っちゃったのよ」と優しく諭したが、静かに眠る妹を前に「どうやら、『天国』というお部屋に行ったんだと思ったようですね」と下田さんは、その時のことを思い出すように話してくれた。
この経験を題材とした作品『うりずんの風』(作品社)を、2005年に発表。日本図書館協会の選定図書にもなった。登場する人物、施設などは、それぞれモデルはいるものの、すべてがノンフィクションというわけではない。しかし、体験したからこそ書ける母親としての、ありのままの心情、キリスト者として神により頼む姿は、多くの共感を呼んだ。
「お子さんを亡くしたお母さんからの手紙が多かったですね。みなさん、本当におつらいと思います。私もつらかった。聖書の御言葉によって、少しずつ立ち直って、今があるのだと思います。そして、この体験を通して筆を取り、今まで普通の主婦だった私に小説を書くという道を示されたのでしょうね」と下田さんは話す。
同作は、都内を中心に50回以上、朗読劇として上演された。2008年には、『翼を持つ者』(同)を発表。同書では、「白い闇」と「翼を持つ者」の2作を一つの本として出版した。両作品とも、主人公がキリスト者として葛藤する様子を巧みに表現している。夫を天へと見送った主人公が、悲しみから立ち直っていく様子を描いた「白い闇」。誰もが直面する愛する者との別れに、私たちはどのように立ち向かっていけばよいのだろうか。その答えがこの一冊にあるように思える。
最後に「好きな御言葉は?下田さんの人生の糧となっているような言葉があれば教えてください」と質問すると、「もろもろの天は神の栄光をあらわし、大空はみ手のわざをしめす」(詩篇19:1)だと答えた。下田さんの今後の作品に期待したい。