新約聖書を原語のギリシャ語から、岩手県気仙地方の方言に翻訳した『ケセン語訳新約聖書四福音書』で知られる、医師で言語学者の作家・山浦玄嗣(はるつぐ)さんによる小説『ナツェラットの男』が、東急文化村主催の文学賞「第24回 Bunkamura ドゥマゴ文学賞」を受賞した。
『ナツェラットの男』は、一連のケセン語翻訳作業の中で、聖書の行間には文字になっていない豊かな世界が広がっていることに気づいた山浦さんが、翻訳だけでは伝えられない、イエスと仲間たちの生きた息吹、血の躍るような物語を日本中に伝えたいと熱く思ったことから、生まれた小説だ。福音書のさまざまなエピソードが取り上げられ、ケセン語訳の味わいをそのままに、粗忽(そこつ)者の岩男ケファ、威厳あるミグダルのミリアム(マグダラのマリア)、都会人ユダが、見事に描き分けられた、ダイナミックな活劇となっている。
「Bunkamura ドゥマゴ文学賞」は、パリの「ドゥマゴ文学賞」(1933年創設)の持つ先進性と独創性を受け継ぎ、既成の概念にとらわれることなく、常に新しい才能を認め、発掘に寄与したいと1990年に創設された。昨年7月1日から今年7月31日までの13カ月間に出版または発表された日本語の文学作品を対象に、「ひとりの選考委員」が受賞作品を選ぶというユニークな賞だ。
今回の選考委員である詩人の伊藤比呂美さんは、選評の中で山浦さんのケセン語訳聖書を絶賛し、それに続くこの小説も、既成の文学の枠に収まらない魅力があると述べている。「無造作で、無鉄砲で、無頓着で、無邪気で、無垢で、無限で。私はやみくもに感動して、人に勧めた。勧めまくった」という。
『ナツェラットの男』は、ぷねうま舎から昨年7月に刊行された。