先日、仕事で出張した帰り道に、富士山の裾野をドライブしながら帰ってきました。本栖湖、精進湖、西湖、河口湖、鳴沢氷穴、いやしの里、野鳥公園など、車を停めて、しばし時間を忘れて山や湖の景色に見入ったりお祈りをしたりして、ゆったりした時間を過ごすことができました。
いつもは、せっかく車で出かけているのに、景色を見る暇もなく、目的地から目的地まで車を走らせて終わってしまうことがほとんどです。時間に余裕がない時は致し方ありませんが、これからは、できるだけ出かけたついでに温泉に入ったり、街を歩いたり、自然の素晴らしい景色の中を散策し、ご当地のB級グルメを食べたり、地元の人と接したり、ゆっくり話をしたりと、そんな贅沢な時間を過ごしたいと思います。
おかげで、夜7時からの会議に遅れそうになって少しハラハラしましたが、気分転換できましたので、会議が始まっても終始笑顔で、ゆったりと会議に参加することができました。
私たちの多くは、毎日忙しく過ごしていないでしょうか。しかし、物理的に時間がないからではなく、もっと他に理由があるのかもしれません。私の住んでいる新宿の街では、みんな忙しそうです。道端に咲いた花に目を向けたり、他の人に笑顔を向けたりする余裕もなく、ただ黙々と歩いています。
今の時代、携帯電話があるので、公衆電話を探さなくてもどこでも連絡を取り合えます。メールやスマホのLINEなどがあるので、わざわざ手紙を書いてポストに投函しなくていいのです。新幹線や飛行機などが発達しているので、目的地までの移動時間が大幅に短縮したはずなのに・・・。時間が余るどころか、ますます忙しくなっています。不思議です。
原因は、心がシンプルでないことにあると思います。あれもこれも、これもあれも考え、やろうとするから時間がなくなり、忙しくなるのです。祈って、心を神に向け、神に聞いたら、あれもこれも考える必要がなくなります。
聖書は、「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである」(ルカ10:42)と語ります。「正しい」という漢字は、「一」の下に「止まる」と書きます。一とは、天地を創造された全知全能の神を表し、その方の下にしっかりと立ち止まるなら、心がシンプルになり、今を楽しんで生きられるようになります。過去は過ぎ去り、未来はいまだやってきていません。あるのは「今」だけです。
「見よ、今は恵の時、見よ、今は救いの日である」(Ⅱコリント6:2)
今を、神と共に、ゆったり、楽しく、優雅に生きていきましょう。その秘訣は、「一の下に止まる」、つまり、神に祈ることです。
今日もすてきな一日でありますように。
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菅野直基(かんの・なおき)
1971年東京都生まれ。新宿福興教会牧師。子ども公園伝道、路傍伝道、ホームレス救済伝道、買売春レスキュー・ミッション等、地域に根ざした宣教活動や、海外や国内での巡回伝道、各種聖会での讃美リードや奏楽、日本の津々浦々での冠婚葬祭の司式等、幅広く奉仕している。日本民族総福音化運動協議会理事。
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