見ることも、聞くことも、話すこともできない三重苦の中にいた少女が、ある女性教育者によって、新しい世界に触れていく奇跡の実話。そう聞けば、ヘレン・ケラーとアン・サリバンを思い起こす人も多いだろう。ヘレン・ケラーの人生を大きく変え、その生涯に奇跡をもたらしたアン・サリバンは「奇跡の人」と呼ばれている。だが、フランスにも、実在する“もう一人”の奇跡の人がいた。生まれつき盲ろう(視覚と聴覚の重複障がい)の少女マリーと、修道女マルグリッドの出会いが起こす奇跡の物語を描いた映画『奇跡のひと マリーとマルグリッド』が、来月日本で全国公開される。
フランス、ポアティエ近郊にあるラルネイ聖母学院は、ラルネイ英知会という修道院によって1835年に創設された、ろう者のための女学院。57年からは視聴覚障がいのある少女たちも受け入れるようになり、95年のある日、薄汚れたぼろを身にまとい、髪はぼさぼさの少女が父親に連れられてやってきた。目も見えず、耳も聞けない盲ろうの彼女は、父親が目を離したすきに園庭を駆け回り、ついには一人で木の上によじ登ってしまう。最初にこの騒ぎを見た学院長は、「私たちの手に負えない」と父娘を帰してしまう。
だが、マリーの手に触れた修道女のマルグリットは、その少女が放つ強い魂の輝きに惹かれ、彼女を学院で預かり教育係になりたいと院長に訴える。手話の通じない相手にどうやって教育するのかと渋る院長を説得し、マルグリットはマリーを学院へと連れ帰ってくる。
生まれてきてからこれまで、基本的なしつけすら一切受けてこなかったマリーへの教育は、「戦い」と呼べるほどに壮絶なものだった。ナイフとフォークを使えず、お風呂を嫌がり、新しい服に着替えさせるのも至難の業。まるで野生動物のような行動を取るマリーは、4カ月が過ぎても、進歩がないばかりか、むしろ後退を感じさせるほどだったが、それでも徐々に落ち着いていられるようになっていく。
しかし、言葉を知らないマリーには、物には名前があるということがなかなか理解できない。生まれてから一度も物を見たことがなく、言葉を聞いたことのない彼女に、どのようにして手話を教えるのか。最初の1語である、“ナイフ”が“ナイフ”であることを理解するためには、はかりしれないほどの苦労があった。学ぶことの喜びを知り、日に日に成長するマリーと、母親のように惜しみなく愛情を注ぎ、教育を続けるマルグリット。時間の経過とともに、絆が強まっていった二人は、数々の奇跡を目の当たりにする。
だが、もともと体が弱かったマルグリッドは、不治の病をわずらっており、二人の別れのときは刻一刻と近づいているのだった。
脚本を書き、監督を務めたジャン=ピエール・アメリスは、思春期の頃、アーサー・ペン監督の『奇跡の人』(1962)を観て以来、ヘレン・ケラーに感銘を受け、盲ろうの人に関する研究をする中で、マリーとマルグリッドに出会ったという。
映画『奇跡のひと マリーとマルグリッド』は、6月6日(土)からシネスイッチ銀座ほか全国で順次公開される。
◼︎ 映画『奇跡のひと マリーとマルグリッド』予告編