2011年2月、スイスで受けた詩篇の学びを機に、「私の詩篇」として取り組み始めたのが57篇でした。その後、同篇の8節「私のたましいよ。目をさませ。十弦の琴よ。立琴よ、目をさませ。私は暁を呼びさましたい」は、その年の秋にリリースしたCD「ほんとうの願い」のテーマとなりました。世界を震撼させた3・11大震災が起こった日本に、琴の音色に似た今村泰典氏のテオルボに合わせて、神への賛美をもって暁――暗黒の後に来る光――を呼び覚ましたいと思ったからです。
2012年の「ヨーロッパキリスト者の集い」(オランダ)とANRC大会(静岡県)での「被災地のためのコンサート」では、一節前半の「私をあわれんでください。神よ。私をあわれんでください」がテーマとなりました。愛する祖国日本に神のあわれみを求めて、バッハ作曲「ロ短調ミサ」の「キリエ・エレイソン」(主よあわれみたまえ)を、聖歌隊の皆さんと声を合わせて神に向かって叫びました。
57篇から始まった詩篇の学びは、3年半がかりで、何とか1篇から150篇まで見終わりました。その間に気付かされたことは、詩篇をもって詩篇が理解できるようになっていったことでした。また、同時期、時間をかけて通読していた旧約を通して詩篇理解を深め、また、逆に詩篇を通して聖書を理解するようにもなりました。
ある日、旧約を土台として新約を理解するようになった自分に気付かされ、驚きました。それはみことばへの喜びの霊的開眼でもありました。振り返れば、そのきっかけは詩篇でした。聖書の心臓とも言える詩篇は、今に至るまで私の最も大切な書巻であり、詩篇の中でも特に57篇は「私の詩篇」、私の、心からの神への叫び、祈り、そして賛美です。
2014年は、57篇の1節の最後「私は御翼の陰に身を避けます」が秋・冬のコンサートのテーマでした。昨年ドイツは、国内にアメーバーのように広がる、「イスラム国」と直結したイスラム教過激派グループ「サラフィスト」の勢力に戦々恐々としていました。
9月上旬「サラフィスト」の指導者が、私の住むハンブルクの駅前広場でヘイト・スピーチをした数日後、ドイツはついに「イスラム国」禁止命令を出しました。多くの人が、宗教戦争への宣戦布告と受け止めました。私の中にも、大きな緊張感が走りました。時が動き、暗闇の力が迫るのを感じたからです。同時に、このような時だからこそ、神の御翼の陰に逃げ込み、そこで守られなければならないこと、ここ以外には完全な守りはないこと、また、ここにとどまっていなければ、私たちは、伝道することも、敵と戦うことさえもできないことをお伝えしなければならないと思いました。
主のもうひとつの御名、インマヌエルは、「私たちと共におられる神」という意味です。イザヤ書8章8~10節には次のように書かれています。
「『・・・インマヌエル。その広げた翼はあなたの国の幅いっぱいに広がる。』国々の民よ。打ち破られて、わななけ。遠く離れたすべての国々よ。耳を傾けよ。腰に帯をして、わななけ。腰に帯をして、わななけ。はかりごとを立てよ。しかし、それは破られる。申し出をせよ。しかし、それは成らない。神が、私たちとともにおられるからだ」
インマヌエルなる主こそ、私たちと共におられる神であり、その御翼で私たちを覆ってくださいます。その前で、神に従わない国々の計画は、すべて打ち破られるのです。新しい年2015年、互いに励まし合い、イエス様の御翼の陰で守られながら、キリストのしもべ、兵士として立たせていただこうではありませんか。
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工藤篤子(くどう・あつこ)
地中海ソプラノ歌手。札幌大谷短期大学音楽科卒業後、同短大声楽専攻科及び研究科終了。1983年、マドリッド国立声楽院に留学。1987年、スペイン・ヤマハコンクール1位、ONCEコンクール2位。藤田道子、江口元子、マリミ・デル・ポソ、オリヴェーラ・ミリャコヴィッチ、ジェラール・スゼー、ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス、アルフレード・クラウスの各師に声楽を学ぶ。オラトリオのソリスト、スペイン歌曲のスペシャリストとしてヨーロッパ各地で活躍後、音楽を通して福音を伝える働きに導かれ、2000年、「工藤篤子音楽ミニストリーズ」を設立。2011年、神に喜ばれる賛美音楽を求めることを目的に掲げ、「工藤篤子ワ―シップ・ミニストリーズ」と改称。世界の各地で賛美・伝道コンサートを行っている。また、2013年より「賛美セミナー」を始める。ドイツ、ハンブルク市在住。CD「たましいの歌」「ほんとうの願い」「よき力に守られて」など8枚、著書『賛美のこころ―主のみ顔を仰ぎつつ』(2007年、イーグレープ出版)好評発売中。
【外部リンク】HP::工藤篤子ワ―シップ・ミニストリーズ