ハウス・オブ・ジョイ(HOJ)の朝は早い。施設のゲストハウスに宿泊すると、太陽が昇るより先に鳴き始める近所のニワトリに続いて、午前5時には子どもたちの声も聞こえてくる。毎朝ほうきで広い庭の隅々まで掃き清めるのが彼らの日課だ。子どもたちにできる範囲で掃除や食事準備の当番が決められ、生活の規律と責任を学ぶ。
子どもたちは明るく、みんな仲もいい。しかし、笑顔でここに来る子は一人もいない。泣きながら、あるいは無表情で、親から離れて預けられるのだ。それでも早ければ一日で笑顔が出る。それは「迎え入れる側の子たちもみな同じ思いを経験しているからではないか」と澤村さんは言う。新しく来た子に自然体で話しかけ、受け入れの雰囲気を子どもたちみんなで作っている。
いつか親が迎えに来てくれると期待する子もいることだろう。引き取りに来る親の割合を尋ねると、「10人に1人くらい」という答えだった。再び親と暮らせたとしても、生活の困窮から小学校さえ卒業できなくなることは稀ではない。少なくとも食べ物に欠くことなく、確実に教育を受けられるという点で、HOJの子どもたちは幸運だ。親元に戻らずに自らここに残る選択をする子もいる。
HOJでは、まず高校を卒業させることを目標とする。入所対象は18歳までだが、それを超えても後見役は担っている。卒業後は仕事を探すサポートをし、希望すれば大学進学の援助も行う。今年3月には、奨学金を受けていた女性2人が州立大学の教育学部を卒業した。ほかにも農学部や経営学部、警察学校、職業訓練校などで12人が学業に励んでいる。
勉強ができても経済的な理由で学校に行けなくなる子どもたちは多く、15年前から村の小中学生も対象に奨学金を支給してきた。物価の上昇などから規模が縮小していたところ、8年前に支援の名乗りを上げたのは日本のロックバンドだった。「『宇宙戦隊NOIZ』というビジュアル系のバンドが特別ライブなどで資金を集め、HOJに毎年持ってきてくれています」と澤村さん。
「レイテ島の台風被災地にも支援を続けている彼らは、子どもたちにとって本物のヒーローです」。フィリピンでもライブ活動を行っている NOIZ は、アニメやゲームなど日本文化に親しんでいるフィリピンの富裕若者層に「本当にフィリピンを助けられるのはフィリピン人である君たちだ」というメッセージを投げかけ、ニュースでも大きく取り上げられた。
■「見えない愛を表現」確かめたくてフィリピンに
勉強を続けたいと願う子どもたちの一方で、学校の勉強に積極的になれない子や、規律ある生活になじめない子もいないわけではない。施設から早く出たいと望んだ結果、仕事を得られなかったり続けられなかったりすることがある。女の子の場合は、すぐに妊娠してシングルマザーになる例も多い。澤村さんたちスタッフは異性関係の注意を繰り返してきたが、こればかりは必ずしも思うようにいかないようだ。
ボランティアスタッフを随時受け入れているHOJには、手伝いたいと訪れる日本人たちが少なくない。昨年末から6カ月滞在している廉林優(かどばやしゆう)さんは、保育士と幼稚園教諭の資格を持つ23歳の女性。日本の児童養護施設での研修中は、子どもの荒れた言動に心を痛めることが多かったという。憎しみを向けてくる少女に「服を窓から外へ投げられたこともありました」。
大学でHOJ代表の烏山さんの講演を聞く機会があり、「見える行動で、見えない愛を表現したい」という言葉が胸に残っていた。「どうしたらそんなことができるんだろう。そう思い、それを確かめたくてフィリピンに来ました」と話す。ここでは子どもたちから遊ぼうと近寄ってくれたり手をつないくれたりして、すぐに仲良くなれた。
「日本の子たちとぜんぜん違うぞ、なんでこんなに笑顔でやさしいんだろうと思いました。人の距離が近いフィリピンの文化でもあるのかもしれませんが、強く感じたのは、自分自身の心が満たされていないと、子どもの面倒を見ることは難しいということでした」。子どもたちから多くを教えられ、「何を仕事にするにしても笑顔でいたい」と話す廉林さん。6月には日本に戻り、次はラオスで子どもに関わる働きを見つける計画だ。(続く)
■ フィリピン児童養護施設を訪ねて : (1)(2)(3)(4)
■ ハウス・オブ・ジョイ
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