イエスは言った。「青年よ。あなたに言う。起きなさい」。すると青年は起き上がってものを言い始めた。何とこの青年は、死んで棺におさめられていたのだ。人々は青年を葬るために棺を家からかつぎ出したところであった。かわいそうなことに、この母はやもめであり、青年は彼女の一人息子であった。
青年が棺の中から起きあがったとき、人々は驚いたというよりむしろ恐れを抱いた。死人が生き返る、これ以上の奇跡は考えつかない。
これも、「天が裂けて御霊がイエスの上に下った」現れであった。天の御国が接近したために、御国が地上に突入した現象であった。小さなナインの町にいる一人のかわいそうなやもめにも、天の御国が入り込んできたのだ。復活は死後の約束であり、天においてのみ起こることだが、それが今や地上に起こったのだ。もちろん、復活と甦生は違う。復活とは永遠に生きることだが、甦生は死んで生き返り、再び死んでしまうことだ。それにしても、一度死んだ者が生き返るとは、何ということだろう。
イエスのもとに、12歳の娘をもつヤイロという男がやってきた。名が記載されているのはヤイロが町でリーダー的存在であったからで、彼は会堂管理者だった。イエスの足元にひれ伏し、一生懸命お願いした。せっぱつまっていたのだ。「私の小さな娘が死にかかっています。どうか、来てください。手を置いてやってください。治して、助かるようにしてください」。ヤイロは必死だった。
イエスは彼と出かけた。ところが彼の家に着く前に、使いの者がヤイロの家からやって来て言った。「お嬢さんがなくなりました。この上、先生をわずらわすことはありません」。人々はイエスのいやしを期待したが、生き返らせてくれることまで願わなかった。
イエスはヤイロに「恐れるな。ただ、信じなさい」と言った。ヤイロの家に入ると、人々は取り乱し、大声で泣き、またわめいていた。イエスは「取り乱すな。子どもは死んだのではない。眠っているだけだ」。もちろん、イエスはこの女の子が死んだことを知っていた。しかし、人々にとって死んでいても、イエスにとっては眠っているだけなのだ。
イエスは子どもの手を取った。そして、突然大声で叫んだ。「タリタ、クミ(少女よ。起きなさい)」。すると、少女はすぐさま起きあがり、歩き始めた。イエスは、少女に何か食べさせるようにと言った。
エルサレムから南東へ10キロほど離れた、オリーブ山のふもとに所在する小さな村ベタニヤで最もパワーフルな奇跡が行われた。そこにはラザロ、マルタ、マリヤという3兄妹が住んでいた。そこは、イエスが最もリラックスできる場所であり、この3人を親しく愛していた。ところが、ラザロが大病に苦しんだ結果、最後の息を引き取ってしまった。2人の姉妹は悲嘆に暮れていたが、イエスがそこにいなかったことを悔しがった。じつは、イエスに使いを送ってすぐに来てくれるようにお願いしたのだが、イエスが来た時には洞窟内の墓に収められてからすでに4日もたっていたのだ。
2人の姉妹は、イエスなら必ずラザロの大病すらいやしてくれることを信じて疑わなかった。しかし、ラザロが生き返ることは頭の片隅にもなかった。
イエスは洞窟の前に立ち、墓を封印するために置かれた大きな石を「取りのけなさい」と命じられた。すると、マルタは「主よ。もう臭くなっています。4日もたっていますから」と答えた。イエスは彼女に「信じるなら神の栄光を見る」と言い放ったので、彼らは石を取りのけた。暗い冷たい洞窟の中に光が差し込んだ。
イエスは目を天に向け、「父よ。わたしの願いを聞いてくださったことを感謝します」と祈り、大声で「ラザロよ。出てきなさい」と叫ばれた。イエスの腹の中からしぼりだされた大声は地響きが起こったように山々にこだました。
すると、なんとラザロが、手と足を長い布で巻かれたまま出てきたのだ。彼の顔も布切れで包まれたままであった。驚愕する人々に向かって、「ほどいてやりなさい」と言われた。ラザロは生き返った。死の衣からほどかれ、解放されたのだ。
天の御国は、その勢力を拡張し、悪霊を追い出し、病人をいやし、死んだ者を生き返らせている。天が裂け、御霊がくだり、天からの祝福が人々に希望を与えている。
イエスは12弟子を宣教に遣わした時、「悪霊を追い出し、病をいやし、死人を生き返らせよ」と命じて、彼らに霊を追い出し、病をいやす権威を与えた。死人を生き返らせるミニストリーはイエスだけのものではなかった。
旧約時代、悪霊を追い出した例は僅少であり、奇跡的ないやしもまれであった。また、死人を生き返らせたミニストリーを行った神の僕はいなかったわけではない。しかし、2人の預言者による単発的なケースだけだ。エリヤはナインの幼い息子を生き返らせ、エリシャはシュナミの女の幼い息子を生き返らせた。私が知る限りでは数千年の歴史の中でこの2つのケースだけである。しかし、天が裂けて以来、イエスだけではなくペテロもパウロも死者を生き返らせている。天裂ける以前と以後では違いは歴然としている。
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平野耕一(ひらの・こういち):1944年、東京に生まれる。東京聖書学院、デューク大学院卒業。17年間アメリカの教会で牧師を務めた後、1989年帰国。現在、東京ホライズンチャペル牧師。著書『ヤベツの祈り』他多数。